集合知こそが事業創造の源泉──日本のエンジニアを進化させ続けるテックピットの野望
最大、約79万人──。
2030年までに、日本で不足すると言われるエンジニアの数だ。優秀なエンジニアは一朝一夕では育たない。
この課題に対し、集合知をもって育成の仕組みを構築しようとするスタートアップがある。テックピットだ。
同社は「エンジニアがエンジニアを育てるエコシステム」を構築すべく、CtoCプログラミング学習プラットフォーム「Techpit」を運営する。すでに様々なエンジニア向け学習サービスがある中、なぜテックピットはこの領域に”CtoC”という手法で挑むのか。代表の山田晃平氏と、アドバイザーを務めるハンズオン代表で、テモナのCTOでもある中野賀通氏に伺った。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
なぜ、「エンジニアがエンジニアを育てるエコシステム」なのか?
『Instagram風簡易SNSアプリを作ってみよう』
『機械学習で画像を判別してみよう』
『Pythonでクラウドファンディングのデータ分析をしてみよう』
Techpitのホーム画面に並ぶ、約75種類の教材。これらすべて、大手IT企業やメガベンチャー、有名プロダクトを擁するスタートアップ、フリーランスなど多様な環境で活躍するエンジニアが制作したものだ。
2020年3月の取材時で、約250人の現役エンジニアが執筆中だという。教材の値段は数百円〜数千円ほど。Techpitは、マーケットプレイスとしてこれらの教材をプログラミング学習者に向け販売・提供している。
山田従来のプログラミング学習サービスではプログラミング言語の基礎構文を学ぶものが多いが、Techpitはプロダクトづくりを通して手を動かしながらスキルを磨く形式。まずは、基礎と実践を橋渡しするべく、実際のサービス作りを通して学べる教材をそろえています。
言い換えるなら、従来のサービスが「教科書」であれば、Techpitは「問題集」や「参考書」のようなものだ。このサービスの土台には、山田氏自身がプログラミング学習につまづいた経験がある。
学生時代の山田氏は、既存の学習サービスを使ってプログラミング言語の基礎構文から学んでいたが、実際のサービスにどう活用されているかが分からなかった。その間にはまだまだ溝があり、より実践に近い経験が必要だと感じたという。
山田事業を通して溝を埋められないかと考える中で、企業のエンジニアにヒアリングをしてみると、「プログラミング学習者」と、企業が求めるエンジニアではレベル感のイメージにギャップがあることがわかりました。
それこそが、僕自身がプログラミングを学ぶ中で感じたギャップでもあった。では、それをどうやって身につけるかを考えると、自らの経験をふまえても、実務経験のある人から、より実践的な形で学ぶのが一番早い。
そこで、現職のエンジニアから「現場で生きる知見」を何らかの形で学びとれる仕組みを作ろうと考えたんです。
既存の学習サービスでは、実践にはまだまだ距離があった。一方スクールの場合でも、技術は幅が広く移り変わりも激しいため、全てに対応出来ず、現場との距離は少なからず離れてしまう。
学び手は現場のリアルな知見を得られ、教え手も人に伝えることでスキルアップにつながる──目指すべきだと考えたのは、そうした“相互に学び合える”状態だ。
そこから「エンジニアがエンジニアを育てるエコシステムを作る」という言葉をビジョンに掲げ、山田氏は「Techpit」を立ち上げる。
当初は現役エンジニアが学習者の質問に答える形式のサービスを運用していたが、回答者の負担が大きいと考え、方向性を修正。一度作れば、利用し続けられる「教材」へシフトし、現在の形に近づいていった。
執筆体験の向上が、事業のコアを形作る
テックピットが事業を拡大する鍵は、いかに良質な教材を取りそろえられるかだ。そのためには「実力のある執筆者の参加」と「執筆の継続」を両輪で動かさなければいけない。
前者は、ブログなどでわかりやすい解説記事を公開しているエンジニアを探し出し、SNS経由で依頼。地道だったが「エンジニアがエンジニアを育てるエコシステムを作る」という想いに共感し、協力者は徐々に増えていった。 知名度も上がってきて、現在ではインバウンドでの執筆希望登録も多数来るようになった。
一方、後者は試行錯誤が必要となる時期が続いたという。課題になったのは教材作りの負荷だ。多くの執筆者は、ブログや解説等は書けても、体系的にまとめる教材を執筆した経験があるわけではない。「執筆が難しい」という声が後を絶たず、ひとつの教材制作に数カ月を要することもあったという。
山田そもそもどんな教材を作ればよいのか、どのレベル感を想定すれば良いのかといった悩みが多かったです。
経験者であれば誰もが通った道ではあるのですが、ベテランの方であればあるほど、初心を思い出すのは難しい。自分たちも解像度高くイメージできていなかったこともあり、執筆者と一緒に探りながら作っていました。
ユーザーを理解するために、プログラミング初学者に目の前で教材を使ってもらったり、フィードバックを受けたりする勉強会も重ねた。そうして得た知見を執筆者へ共有し、チャットなどで随時相談しつつ執筆を支援するなど、制作プロセスに伴走する姿勢を続けていった。並行して教材のテンプレート化を進めるなど仕組みによる負担軽減にも力を入れた。
トライアンドエラーを繰り返し、効率的な教材づくりの手順や工程、わかりやすい教材のパターンを模索した。現在では、教材の制作期間は早い人だと1カ月に短縮。
山田負荷が減ると、皆さんに教材を作ることの価値を強く感じていただけるようになっていきました。それは単純な売上の獲得だけではありません。教材作りを通し、自身も深く理解しきれていない部分に気づくなどの学びも得ている。自らの技術向上のために教材作りに取り組む方もいらっしゃいます。
教育者・事業家としても、テックピットを支える先達
教材の拡充に力を入れることで、サービスの価値は高まり、成長可能性という観点で評価も得られるようになっていく。2018年10月に正式ローンチし、そのリリース1年後の2019年9月にはF Venturesと7人の個人投資家から3,000万円を調達。さらに成長角度を上げようと、引き続き教材制作プロセスの改善に力を入れているという。
この調達と時を同じくして、同社に技術アドバイザリーとして参画したのが、スタートアップ支援ビジネスを手掛けるハンズオン代表の中野氏だ。中野氏はサブスクリプション関連のビジネスを手掛けるテモナのCTOである。
中野氏にアドバイザリーを依頼したのは、単に技術や経営に明るいからではない。テモナは、30人程度所属するエンジニアのほとんどが未経験で入社、かつ情報・工学系などのバックグラウンドを持たない人ばかりだという。彼らを一人前に育て上げる仕組みを構築してきたのが中野氏だ。
また、同氏は元々教員でロボティクスや情報工学の領域で教鞭を執っていた経験も有す。こうした、エンジニアの学びにおける高い専門性がテックピットで重要な役割を担うと考えたのだ。
偶然にも中野氏も、日本のエンジニア教育に課題意識を持っていた。テックピットのビジョンが参画の決め手になったという。
中野海外に比べて教育機会が少なく、日本はエンジニアが育ちにくい環境といわれています。国もプログラミング教育を必修化するなど機会を増やそうとしていますが、まだまだ足りていません。その中で、エンジニアがエンジニアを育てていくボトムアップの取り組みは、非常に重要になると考えました。
その中で、山田さんは当初からビジョンが全くブレておらず、その解像度が高い。加えて、エンジニア経験がある人はHowから考えがちなのですが、山田さんはWhyから考える本質的な方。かつ、本当に真面目なんですよね(笑)。
この人となら本気でやれるだろうと思い、支援を決めました。
中野氏が参画後、まず取り組んだのは意外にも“解くべき課題の再確認”だった。エンジニア教育における知見もさることながら、テモナにおいていくつもの事業立ち上げを牽引するなど、事業作りにも造詣が深い。経営的観点からも山田氏を支えるには十分なバックグラウンドを有す。
その経験を踏まえ、リリース後にユーザーも順調に伸びていた中で、あえて「原点に立ち戻りましょう」と提案した。
中野まだユーザー像を絞りきるには早いと感じました。また、「実践的な教材を求めているのは、本当に初心者だけなのだろうか」という疑問もあったんです。
テモナのエンジニアを見ていると、入社半年から2年目くらいに悩みを抱える人が多い。手取り足取り教わる時期は終わったけれど、技術に自信がない不安定な時期です。だからこそ、彼らは自ら学ぶ。技術を研鑽したい現役エンジニアにも需要はあるはずだ、と。
山田その提案を受けて、いま見えているユーザー像だけがすべてと思い、得意な手法でKPIを伸ばすことばかりに意識が向いていたことに気づかされました。結果、ユーザーと向き合うべき比重が創業当初に比べて少なくなっていたんです。
原点に立ち返り、学習者と執筆者の双方にしっかりとインタビューを重ねていきました。すると、初心者だけでなく数年のキャリアを積んだ若手エンジニアの利用ニーズも多く存在することがわかったんです。改めて、ユーザーの声を汲み上げ続ける大切さを実感しましたね。
若手向け教材の開発も開始し、LaravelやReact、Goといった注目度の高いモダンなフレームワークや言語を扱い、より実践的な内容を盛り込んだものを拡充した。また、テキストだけでなく、コードレビューをもらえるプランなども用意。
加えて、学習者だけではなく執筆者側の声も拾い直した。理解しきれていなかったことのひとつが、個人のエンジニアだけでなく、受託開発をおこなう企業からのニーズだ。
山田空いた開発リソースの活用に教材開発を充てられないかという声があったんです。法人単位で導入してもらい、企業が持つ経験値を教材にするといった動きもスタートしました。学習者側にも執筆者側にもどのような価値が提供できるのか、解像度が上がってきました。
血の通ったサービスには、コミュニティが欠かせない
サービスのリリースから1年半。教材にフォーカスして力を入れ続けてきた結果、学習者も口コミのみで月の流通総額も125%ずつ伸び続けるなど、良いサイクルが回り始めてきているという。「ようやく事業の手応えを感じられるようになってきた」と山田氏も述べる。
ただ、目指すのは、その上。単なるサービスではなく、持続可能なエコシステムの構築だ。そのためには、より多くのエンジニアに“知見を共有する価値”を感じてもらえなければならない。鍵のひとつとして、山田氏は「コミュニティ」を挙げる。
山田執筆者と接する中で、「ノウハウを世の中にシェアしていきたい」という想いのある方が多いと感じたことがきっかけでした。せっかく同じビジョンを持つものとして、そこをつなげる仕組みがあれば、さらに強固なサービスになっていくのではないかと考えたんです。
中野氏も、コミュニティ運営がスケールには必須要素だと捉えている。
中野サービスに血を通わせるのがコミュニティの役割だと思っています。CtoCのプラットフォームである以上、サービスを進化させるには、使ってくれる人たちの熱量は欠かせません。コミュニティは事業の成長においても下支えにもなるはずです。
現在は、執筆者と運営側でコミュニティをつくり、オンライン・オフライン双方でコミュニケーションがおこなわれている。教材作りのノウハウ交換をはじめ、「何を教えるべきか」「どのようなコンテンツを届けるべきか」といった議論が飛び交う。この状況を中野氏は「ビジョンが山田さんの手から離れてきている」と形容する。
中野執筆者や学習者、社内のメンバーにもビジョンがしっかり浸透してきている感覚があります。テックピットの始まりは山田さんの原体験でしたが、ビジョンは山田さんの手から離れて、みんなのものになってきている。
この先、テックピットが目指す世界を実現するためにも、さらに多くの人を巻き込みながら、コミュニティをエコシステムにまで拡大していきたいですね。
その話を受けつつ、山田氏はコミュニティやエコシステムのさらに先を見据え、展望を語った。
山田新たな事業や産業を作る上で、エンジニアは欠かせない存在になっていきます。Techpitを通してエンジニア同士が学び合うエコシステムができれば、その先ではきっとイノベーションが生まれ続ける世界が広がるはず。
今、Techpitは教材をベースにしたプラットフォームですが、いつかエンジニア同士のつながりから新たな事業が生まれるような、イノベーションのプラットフォームにしていきたいです。
日本のエンジニア教育は、まだまだ発展途上かもしれない。けれど、その現状を嘆くのではなく、新たな仕組みによって育成を促そうとする。テックピットを核に知が循環し、エンジニア起点でイノベーションが次々と生まれるシステムが生まれる日を楽しみにしたい。
こちらの記事は2020年05月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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