連載急成長スタートアップX Mileに学ぶ「本当に強い組織」のつくり方

坂井風太×X MileCOO渡邉に学ぶ、「本当に強い組織」のつくり方(前編)──急成長スタートアップの組織崩壊のパターン化とその突破法

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インタビュイー
渡邉 悠暉

国際基督教大学(ICU)在学中に、人材系大手エン・ジャパンの新規事業企画にてHRtech(SaaS)の企画開発・営業を担当。その後、HRtechスタートアップで、営業兼キャリアコンサルタントに従事。全社MVPを獲得。2018年7月に株式会社ネクストビートでメディア事業・人材支援事業の2つの新規事業を経て、2019年8月よりX Mile株式会社のCo-Founder COOとしてのキャリアをスタート。

坂井 風太
  • 株式会社Momentor 代表 

1991年生まれ。DeNA新規事業部でのインターンを経て、2015年DeNAに新卒入社。DeNAトラベル(現エアトリ)に配属後、16年にゲーム事業部、17年に小説投稿サービス『エブリスタ』に異動。サービス責任者、組織マネジメント、事業統括を担当。19年にエブリスタならびにDEF STUDIOSの取締役に就任。20年にエブリスタ代表取締役社長、経営改革とM&Aなどの業務を経験。22年8月DeNAとデライト・ベンチャーズ(Delight Ventures)から出資を受け、人材育成・組織強化をサポートするMomentorを設立。

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事業成長に伴う組織拡大──。成長を続けるスタートアップにとって喜ばしい出来事である一方、組織運営がうまくいかず行き詰まる企業も少なくない。

社員数が50人、100人と増えれば、メンバーをマネジメントできるミドル層が必要となる。組織崩壊が起こりやすいのはこうしたタイミングだ。このとき、ワークマネジメントに傾倒しすぎるのではなく、いかにピープルマネジメントに目を向けられるかで、組織崩壊のダメージを最小限に抑えられる。

こう語るのは、株式会社Momentorの坂井風太氏だ。同氏は、「本当に強い組織とは、ダウントレンドに強い組織だ」と定義する。ゆえに、事業が伸びている局面こそ、強い組織をつくるための絶好の投資タイミングなのだ。

組織面で先進的な挑戦を行っているスタートアップといえば、過去FastGrowでも幾度となく取り上げたX Mileの存在が光るだろう。特に前回のCo-FoundeCOO渡邉悠暉氏による「ドライとウェット」のバランスを意識した、X Mileの組織作りは、人事のみならず全ての経営者が必読の内容であった。

スタートアップのCOOこそ、“経済学者の原典”にあたるべし──1,000名規模を目指す組織づくりに、「理論」こそが最重要な理由とは

今回は、スタートアップの組織づくりやX Mileの取り組みについて渡邉氏と、坂井氏が対談した内容を全2回に渡りお届けする。前編となる本記事では、スタートアップにありがちな組織崩壊の要因や、逆境でも負けない強い組織のつくり方、そして二人の組織論を支える学習方法についてご紹介しよう。

  • TEXT BY TOMOKO MIYAHARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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「ひずみ」を乗り越え、令和を代表するメガベンチャーになるために

坂井渡邉さんとお会いして話をしたとき、X Mileさんってメガベンチャー目指してるんだ……なんでだろう……と思ったんですよ。

渡邉確かに、初めて話したときに「え、メガベンチャー目指すんですか?」ってめっちゃ言われた記憶があります(笑)。

坂井なぜそう言ったかというと、メガベンチャーって変にブランド化する危険性があるんですよね。年収はそこそこ高いし、「あの会社に入れば勝てる」みたいなキャリアの勝ち逃げ感がある。そうすると野心的な人が入ってこなくなる可能性があるんですよ。だからメガベンチャーを目指すと聞いて、正直「そっちに行くんだ……」と思ったんですよね。

渡邉なるほど。

坂井でも、X Mileさんは、様々な企業を分析した上で、「メガベンチャーならではの落とし穴」を回避しようとしており、私自身、その部分を研究していたので、「この会社ならば、たしかに令和を代表するメガベンチャーになるのかもな」と思いました。本日は、その「メガベンチャーならではの落とし穴」についても、お話しできればと考えています。

そんなやり取りで始まった、X Mile 渡邉悠暉氏とMomentor 坂井風太氏の対談。2010年代のスタートアップやベンチャーの栄枯盛衰をリアルに目の当たりにし、研究してきた坂井氏は、はじめこそX Mileがメガベンチャーを目指すことについて懐疑的な思いを抱いていた。多くの場合、メガベンチャーに到達したがゆえに生じる「ひずみ」によって組織崩壊を起こしてしまうからだ。

坂井氏は、メガベンチャーの衰退要因には「自己効力感」と「組織効力感」が関係していると説明する。自己効力感は、「自分なら目標が達成できる」と思えること。一方の組織効力感は、「この組織なら目標が達成できる」と思えることを指す。

坂井メガベンチャーには自己効力感の高い人が集まりやすい。そうすると「組織がやった」ではなく「自分がやった」になりがちで、組織効力感を持てず、企業への帰属意識が育たないんです。その結果何が起きるかというと、事業成長や組織成長が踊り場を迎えた瞬間に「もういっか」「次のイケイケなスタートアップに行こう」みたいな気持ちが働いて、バババっと人が抜けてしまうんですよね。

坂井2010年代のスタートアップやベンチャーの失敗はここにある。僕は実際にそれで負けた組織を目の当たりにしてきました。いまもまだ勝ち残ってるメガベンチャーって、組織文化や人材、組織への投資度合いが高いんですよね。その結果として、組織効力感も強くなっている。そんな状態であり続けているからこそ、伸び続けているのだと思います。

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スタートアップの組織崩壊が起こりやすい拡大フェーズ。ワークマネジメントに走り中間層が疲弊

スタートアップの組織崩壊が起こりやすいのは、最初の事業が成長し、組織拡大のフェーズに入ったタイミングだと坂井氏は指摘する。事業の成長に伴い、組織の規模が50人、100人と大きくなっていくと、創業メンバーの下にミドルマネジメント層を置く必要が生じる。組織にとっては、この層のクオリティが非常に重要な要素となる。

坂井氏によると、本来はこのタイミングでピープルマネジメントを強化しなければならないが、多くのスタートアップでは無理にワークマネジメントばかりを整えようとするという。

坂井ワークマネジメントとは、行動管理系やKPI管理系のマネジメントのことを言います。要は、「目標設定どうしますか?」「会議体設計どうしますか?」「KPIの測定や管理の仕組みをどう作りますか?」「マニュアルどうしますか?」といった部分ですよね。それって短期的には「KPI達成するっしょ!」みたいにゴリゴリにやれば達成できるんです。

でも、人間は機械じゃないんで、その通りにやろうとするとだんだん疲弊してきます。だから、これまでのワークマネジメント一辺倒のマインドを是としてきた時代から、ピープルマネジメント強化の時代にならなきゃいけないと、僕は強い危機感を覚えています。

ただ、ピープルマネジメントってわかりづらいんですよね。ともすれば、「愛することだ」「飲み会に来い」みたいなよくわからないことを言われるし、「1on1を取り入れればうまくいく!」みたいな言説もあります。これらが進むと、一部で「オレはこうしてうまくいったから、こうすればいいっしょ!」みたいな生存者バイアスがはびこるんです。

その結果、ミドルマネジメント層がブリリアントジャーク(業務推進上は優秀だが周りに悪影響を与える人材)になるか、疲弊して潰れるか、どちらかになる可能性が高い。ブリリアントジャークが現れるとまわりのメンバーの退職リスクが高まりますし、ミドルマネジメント層自身が疲弊して去ってしまったら現場の負荷がいっきに上がる。

こうして組織の中間から腐り始め、崩壊に陥る。そんなパターンを見聞きしたことのある人は少なくないはず。

渡邉坂井さんの話にはすごく思い当たることがありますね。私が見聞きした例でも、「マルチタスクが当たり前」「できないやつがおかしいでしょ」みたいな感じで、多くの場合ミドルマネジメント層がまず詰められていきます。

そういうバキバキのマネジメントを求めている会社ほど、マネージャーは同時にプレイヤーとしての責務も負わされていることが多いように感じます。プレイングマネージャーでは、きめ細やかなピープルマネジメントをする余裕がなくなってしまいがちです。

それこそX Mileでも、1年ほど前にピープルマネジメントのフレームワークを実装しましょうといった話はあって、実際に実装もしていたんです。100人の壁、300人の壁を想定して、それに必要なアーキテクチャを導入していました。ですが、「箱を決めただけで、全メンバーが運用できなければ全く意味がない」と痛感し、当時は大きな課題を感じていましたね。

そんな経緯があって、当時たまたまTwitter(現X)で坂井さんのツイートを見つけて、「この方、おもろそう!」と思ってDMしました。

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ダウントレンドに強い組織こそ、真の「強い組織」だ

経営やマネジメントの内容は景気の良し悪しによっても性善説・性悪説のあいだを行き来する。景気が悪くなれば厳しくKPI管理をしてコストカットする方向に行きがちだ。それでも、不景気の場合は従業員の立場が弱いため、じっと耐えるしかない。日本では「失われた30年」のあいだ、そうした状態がずっと続いてきた。

「それはどこか、中国の思想史とも似ている」と坂井氏は言う。

坂井 中国の思想史を考えてみると、春秋戦国時代には儒家や法家などのシステマチックな思想が出てきて、そこに限界がきて、人々が疲弊してくると老荘思想などの「無為自然」を重視した思想が流行し始める。

つまり、ガチガチなシステマチック論によるマネジメントは、一定は有効であるが、それ一辺倒だと歪みが生じるという話です。システマチックなワークマネジメントの重要性を否定するわけではありませんが、結局のところ、人間は機械ではなく、感情を持った人間なので、そこをケアしない限りは、上手くいかないと考えています。

「売上はすべてを癒す」とは言いますが、市場環境の変化の中で、ずっと癒やし続けることが難しいのが現実です。カッチリとしたワークマネジメントは企業が伸びているときには有効なんですが、ひとたびダウントレンドに陥ると、逆効果になるんです。「KPI、達成するよな?な!?」みたいなパワハラやモラハラが横行するきっかけになるかもしれない。

といっても、この流れの中で、儒家・法家⇒老荘思想へのトレンド移行の如く、「心理的安全性」や「コーチング」がガス抜きのように流行することがありますが、それによって、「優しいけども、強くない組織」が生まれてしまいます。ビジネスの世界では、利益を作れないと人を守れないので、本当の意味での「強い組織」を作ることが重要だと考えています。

じゃあ強い組織とは何かという話なのですが、そもそも私は、ダウントレンドに強い組織こそ真に強い組織だと思っています。例えば強いスポーツチームって、負けているときにこそ「いけるんじゃない?」と言って、本当に挽回する。こうした強い組織をつくるには、事業が伸びているときにこそ人材や組織に投資することですね。

これは組織だけでなく、人ひとりの行動で見ても同じだ。事業が伸びているときに採用した人材が、ダウントレンドに転じた瞬間パフォーマンスを落とすことは少なくない。

坂井うまくいかなくなったときにチームで乗り越えようとする。この組織効力感を整えていくことが強い組織づくりにつながると思うんです。

人や組織への投資は、事業が伸びているときこそ実行しやすい。だが、多くの企業がそこを素通りしてしまいがちだ。事業や成長だけに目を奪われているこうした企業に対し、坂井氏は「それでは本質を見失ってしまう」と警鐘を鳴らす。

坂井当社に弊社に相談に来られる企業さんには、少なくとも「浮かれた」様子はありません。むしろ地に足をつけて、常にダウントレンドに傾いたときのことを考えている。「常に逆サイドのことを考えていないと、浮かれて足元をすくわれそうだ」と話しています。

2000年代、2010年代にもてはやされていたスタートアップやメガベンチャーの栄枯盛衰を見て「なんじゃこれ」となった世代がいま、自分たちがトップになって組織運営をしているからなのも大きいでしょう。

でもこれって実は古典的な話で、『ビジョナリーカンパニー』で書かれていたことと同じなんですよね。事業で成功して傲慢になって、「うちは大丈夫だから」と言っているうちに終わっていく。栄枯盛衰なんです。大企業やスタートアップは関係なく、これこそ人間のメカニズムなんだろうかと思いますね。

2000年代、2010年代の“平成のスタートアップ”たちの栄枯盛衰を見てきた世代といえば、渡邉氏はまさにその一人だ。坂井氏の話を大きく頷きながら聞いていた渡邉氏もまた、「自分は間違っているのではないか」という感覚を常に抱いていると言う。

渡邉最近、経済学者のケネス・アロー氏の著書『組織の限界』『社会的選択と個人的評価』という本を読んで驚きを受けました。そこには「集団が1つの方向に進んでいくためには、独裁しかない」と数学的に証明したといったことが書かれてあったんです。しかし、独裁制は現在の世の中においては基本的に「やってはいけないこと」とされていますよね。一個人の価値観で集団を振り回すことになるわけですから。

では、どうしたら集団での意思決定をうまくできるのかということを考えながら興味を持って読み進めていくと、様々な発見がありました。

独裁制を取らないとなると、組織の運営難易度って格段に上がるんです。統一的な1つの解が出せないとなると、常に2つ以上の解が共存することになる。統一的な価値基準が示せない集団というのは、忖度や政治が発生してしまう構造になっています。集団組織における意思決定というのは、根本的に構造的問題を抱えているのです。

対策としては、極力そうした状況を回避できるように、コンプライアンスや腐敗防止などを進めたり、バリューやミッションを整理してシンプルな基準で意思決定ができるようにする必要があるわけですね。とにかく、迷わずシンプルに意思決定できるようにある程度の価値基準の方向性を示すことが重要です。XMileでは権限設計表によって誰がどこまで何を決めて良いか、というのが明確化されていたり、ミッションやバリューなどの設定と浸透を図ることで、これを回避しようとしています。

一方で、『有能性の罠』という概念にもある通り、これまでしてきた意思決定が良いものであればあるほど、その成功体験から抜け出せなくなるというのはどんな組織においてもよくあることです。「あの時こうしたから、今の自分もこうするんだ」という考えに陥ると、時間と共に間違いなく集団の意思決定は歪んでいきます。集団の意思決定を歪める要因は、価値基準の統一が難しいことだけでなく、時間の流れの中にも潜んでいます。

どれだけ用意をしたとしても、確実に全ての問題に意思決定を下せるほど、世の中の事象はシンプルではないので、複雑性の高い問題が経営に上がってきます。そうした時、常に心がけていることとして「自分は何か間違っている可能性がある」と考えるようにすることです。これしか世の中の変化に対応し、生き残っていくには道はないと思っています。

常に「令和を代表するような偉大なメガベンチャーの経営者なら、どう考えるんだろう」というのを自問自答するようにしています。「実ほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉もありますが、成功している先輩経営者はみなさん、謙虚で驕らず、ひたむきに事業に取り組んでいます。自分もまだまだ若輩者ですが、そうありたいと日に日に思うようになりました。

スタートアップで一時期流行した「フラットな組織」も、古典からすると、失敗のリスクを大いに抱えているんです。なので、もちろん独裁制を取り入れるわけではないですが、これまで自分が抱いていた組織運営に対する“当たり前”を常に疑うような危機感を持つようにしていますね。

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判断はドライに、実行はウェットに。
理想は「ダブルスタンダード」な組織運営

X Mileの先進的な組織運営がうまくいっている要因の1つとして、坂井氏はX Mile CEOの野呂氏が発した言葉を挙げる。「Cool Head but Warm Heart」。文字通り、冷静な頭脳と温かい心を持つこと。見渡せば、坂井氏が見てきた中で組織運営がうまくいっている企業は皆、Cool Head but Warm Heartの持ち主だったと振り返る。

坂井神戸大学に経営学を研究されている三品和広教授という方がいて、どの時期に、誰が、どんな決断をして事業を復活させたかを帰納的に調べています。本当に物凄い量の企業の歴史を調べ上げた方なんですが、三品教授が言うには、これまで事業の復活や企業再生って、強力な決断力があるリーダーが、強力なリーダシップで引っ張ってきた例が圧倒的に多いそうなんです。

だからといってそれを真に受けて、冷徹に、ドライに判断しようとすると間違える。決断はドライに、実行はウェットにという、ダブルスタンダードが理想なんです。

決断はドライに、実行はウェットに。X Mileの組織づくりについてインタビューした前回の記事で渡邉氏が強調していたX Mileの組織の特徴と一致する。

渡邉そうなんですよね。経営者が現場に立って意思決定し続けると、トップダウンになり過ぎてしまう。だから当社は有事のときだけ経営者が出て行って、事業が伸びているときは現場に任せるのが基本スタンスです。今伸びているからこそ、現場のメンバーに「自分たちで会社をつくって事業を伸ばしたんだ」と思ってもらいたいんです。

そう思ってもらうためには、1on1だとかコーチングといった手段をとる企業が多いと思います。全否定するつもりはもちろんありませんが、中には「すべてにおいてティーチングよりもコーチングのほうがすぐれている」みたいな風潮もあるように感じます。それはちょっと違う気がするんですよね。

坂井それは私も思いますね。例えば、経験を通じて学んだ内容を次の経験に活かす「経験学習理論」の関連概念に、「認知的徒弟制モデル」があります。これって要は、山本五十六氏が唱えた「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」なんですよね。背中を見せてこそコーチングなんです。なのでティーチングができるくらいの実践経験をちゃんと持っていて、その背中を見せる場面もありつつ、コーチング型の問いかけもする。そんなかたちを目指すべきだと思うんです。

そもそも、コーチングの大家で『1兆ドルコーチ』という書籍で有名なビル・キャンベル氏もリアルな事業経験をしているわけで、事業の場から完全に解脱した人にコーチングされたとて、「人の可能性を引き出そうとする前に、自分の可能性を信じて、まずは自ら前線に立って、事業と組織の矛盾の中でもがいてからコーチングしてくれよ」と個人的には思います。

1on1って「箱」であって、コンテンツの引き出しがないとよくわからないものになってしまいます。経験学習をさせたいのか、認知行動療法的にアンラーニングをさせたいのか、ジョブクラフティングをして仕事の意味を見出させようとしているのか。目的によって引き出しは全然違うのに、「1on1!コーチング!傾聴は大事!」という部分だけに目が行っている人も見受けられるので、「何だこれ?」と不思議に思うんですよ。コーチングや1on1だけで、組織課題がすべて解決されるなんてことはありえないですよね。

多くの企業で、コーチングや1on1を取り入れるのがもはや「手段の目的化」になっている、そういう指摘だ。そうではなく坂井氏は、わざわざ組織開発にかける工数や時間を減らしたいと考えている。なぜなら、組織開発の時間は顧客に向き合っておらず、事業利益を直接は生み出さないからだ。

坂井氏のこうした「コト」に向かう意識は、前職のDeNA時代に培われている。事業利益は顧客に価値を提供するためのガソリンであるし、顧客が喜ぶ価値を提供することこそ重要。そうした「コト」に向かう時間を最大化することが、組織開発の目的なのだ。

坂井例えば、「仲のいい組織をつくろう」というのも、本質的には無理な話だと思っていて。だって本当にいい場所をつくりたいと思ったら、利益をつくらなければいけないんです。

『ハンター×ハンター』の幻影旅団もそうですよね。企業は社員を守るために利益をつくらなきゃいけないから、社員仲良くハピネス、というわけにはいかない。コトに向かう時間を最大化しないとみんなを守れないんです。

だからこそ、ピープルマネジメントを身につける必要がある。ただし、ピープルマネジメントだけでは1on1やコーチングだけに終始してしまい、坂井氏の言葉を借りると「フワッとした組織」になってしまう。一方で、ワークマネジメントに特化するとドライになりすぎてしまい、組織は破滅する。事業戦略を実行するためのウェットなマネジメントと、ドライな決断。よい組織をつくるためには、その両方が必要だ。

渡邉でも実際は、ドライかウェット、どちらかに偏ってしまっている企業が多いですよね。僕は両者のバランスが大切だと思っています。ドライな意思決定は、確かにメンバーも理屈では納得はしてくれますが、それが続くとどこかで許容の限界が来る。そこに、「組織として一緒にがんばろう!」というウェットな部分を込めることが大事なんだと思います。これはテクニック論というより、本当にそう思っていることが何より重要です。哲学的ではありますが、「真心を込めて仕事に向き合う」ということですね。

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書籍や論文から学び体系化された組織論で「平成のメガベンチャー」の失敗を乗り越える

スタートアップの組織崩壊パターンや、ドライかつウェットな組織運営など、坂井氏がかかわる以前からX Mileでは組織開発の分野において先進的な取り組みを行っている。多くのスタートアップが組織運営につまづく中、なぜ同社ではそれが可能だったのか。坂井氏はこう分析する。

坂井2つあります。1つは、渡邉さんの読書量。書籍や論文を通した座学で組織リテラシーを学ばれたんだと思います。もう1つは、過去に所属していた組織でさまざまなケースを見聞きして、知見を溜められたのではないでしょうか。古典を学ぶ意義はそこにありますよね。

ただ、成功談は読まないほうがいい。むしろ、企業ってどこで足もとををすくわれるのか、組織の破滅パターンを学ぶことが重要なんです。

渡邉僕は『世界「倒産」図鑑』をめっちゃ読みましたね(笑)。他にも、ワークマネジメント論偏重だった2016~2017年頃に重視されていた行動経済学や認知心理学、行動心理学、脳科学の書籍や論文なども読んでいました。でも、実用的な知識ってなかなか表に出ないんですよ。失敗談はコンプライアンス的な観点で表に出しにくいし、成功例は成功例で、個人の成功体験に寄った見せ方をするので、定量的に評価しづらい。特に組織にまつわる実用的なノウハウは、ほぼほぼ公開されません。

そんな中で坂井さんは異質だなと思いました。心理学や行動社会学の論文に当たって理論を組み立てたうえで、事業現場でのHowに落とし込んでいる。これほどまでに、考え方を体系化した組織論はなかったんですよね。

マネジメントは自分が直接やるのではなくて、ミドル層のマネージャーたちが現場のメンバーをマネジメントして、目標達成まで導く必要があります。そのためのノウハウ部分やピープルマネジメントがすごく体系化されているなと思いました。これは坂井さんの経験がなければ、絶対に作れないものだと思います。

坂井氏の考え方では、ピープルマネジメントの大本(おおもと)の理論基盤を分類すると大きく次の3つにわかれる。「経営心理学・組織行動学」「教育心理学・発達心理学」「神経科学・進化心理学」だ。

企業や組織の中で人はどのように行動するのかについては「経営心理学・組織行動学」を学ぶのが適している。どのようにすれば人は成長していくのか、成長を促すことができるのかについては「教育心理学」「発達心理学」。そして、坂井氏が「最後のフロンティア」として挙げるのが、「神経科学・進化心理学」だ。

坂井神経科学を用いると、例えば「なぜ叱らないほうがいいか」を説明できます。人間の脳には「学習モード」と「危機回避モード」が備わっているんですが、誰かに叱られると脳が危機回避モードに切り替わり、学習モードが閉鎖されてしまうんです。だから、叱ったときには反射的にその物事をやろうとするんですが、学習能力が低下しているためその物事が定着しないんです。

この神経科学の「What」の部分を「Why」で説明するのが進化心理学ですね。例えば、人間にはネガティブバイアスが備わっています。ポジティブな情報よりもネガティブな情報を拾いやすいという性質ですね。なぜそんな機能が備わっているかというと、人間が進化する過程で、そのほうが「有利だったから」だと。要は、のほほんと過ごす人よりも、危険を察知できる人のほうが生き残る。そんなことを教えてくれる学問ですね。

この3つを掛け合わせて経営学と結びつけることで、ピープルマネジメントの体系化を行っています。

反対に、「◯◯社流のマネジメントは絶対だ!」という一神教のような主義に傾倒したり「流行の◯◯のコンセプトを取り入れた研修を取り入れよう!」といったようなトレンドに右往左往したりするのは危険であり、「人間と組織の原理原則」を学びつつ、それを実践に落とし込むことが重要と考えています。

ただし、実践に落とし込むことが一番難しいために、私もDeNA時代に長年かけて作りつつ、今も並行して毎月10社以上の企業を支援し、マネジメントの実践知を学術理論と紐づけ続けています。

また、絶対にやらないほうがいいと考えているのが、「特定の企業の手法の表面模倣」や「特定の理論・コンセプトの断片的導入」であり、これらは「パッチワーク型のマネジメント」なので、本質的でもなく、骨太な人事・組織施策にはならないと思っています。

坂井氏は、「組織マネジメントは微分だ」とも言う。

ピープルマネジメントの観点からは、本人に何らかのネガティブな変化が見られたら、その瞬間に適切なケアを提供することが理想だ。ただ、現状の組織サーベイではそうした状況把握は難しい。坂井氏の今後の挑戦は、そうした組織の制度や仕組みを整えていくことにある。

多くのスタートアップが「平成のメガベンチャー」の失敗を乗り越え、X Mileのよきライバルとして切磋琢磨し合うことで、日本の産業構造改革を実現する。X Mileと坂井氏の二人三脚での取り組みから、目が離せない。

そして、全2回でお送りする当企画の後編では、実際のX Mileの組織づくりを題材に、X Mileがいかにして令和の時代を切り開くメガベンチャーたり得るのか、その組織づくりの秘訣を坂井氏の洞察と共に紐解いていく。乞うご期待。

後編はこちら

こちらの記事は2023年11月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

宮原 智子

写真

藤田 慎一郎

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