連載私がやめた3カ条

そのやり方は1,000人規模でも通用するか?──X Mile渡邉悠暉の「やめ3」

インタビュイー
渡邉 悠暉

国際基督教大学(ICU)在学中に、人材系大手エン・ジャパンの新規事業企画にてHRtech(SaaS)の企画開発・営業を担当。その後、HRtechスタートアップで、営業兼キャリアコンサルタントに従事。全社MVPを獲得。2018年7月に株式会社ネクストビートでメディア事業・人材支援事業の2つの新規事業を経て、2019年8月よりX Mile株式会社のCo-Founder COOとしてのキャリアをスタート。

関連タグ

起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、ドライバーなどのノンデスクワーカー専門求人サイト『X Work(クロスワーク)』などを運営するX Mile(クロスマイル)株式会社のCo-Founder COO、渡邉悠暉氏だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
SECTION
/

渡邉氏とは?
「無為の治」を目指す、ベンチャー界の叩き上げ

大学時代から漠然と「ベンチャー」や「新規事業」、「起業」といったテーマに強い関心を持っていた渡邉氏。内定を得たエン・ジャパンの新規事業室で、在学中にインターンとして働き始めた。

そんなある日、イギリスで人工知覚の研究開発を行っていたKudanというスタートアップのCOO・項大雨氏と話す機会があった。彼は、まだ大学生だった渡邉氏に、創業期のスタートアップで働く面白さについて丁寧に語ってくれたという。

この出来事がきっかけとなり、渡邉氏はエン・ジャパンの内定を辞退し、大学を休学して創業1年目のベンチャーに飛び込むことを決めた。インターンという立場ではあったが、寸暇を惜しんで事業成長にコミットし、最終的に全社MVPまで獲得した。

その後ネクストビートに転職して新規事業立ち上げを担当した後、大学時代の先輩であった野呂寛之氏に誘われてX Mileを創業。現在に至る。

こうしてキャリアを振り返ってみると、メガベンチャーから創業期のスタートアップを経て、ミドルベンチャーで新規事業の立ち上げに従事……と、大小さまざまな組織を渡り歩いた渡邉氏。一周回って起業に踏み切り、やりたいと思っていたことが実現させられているわけだが、その実態は当時イメージしていたようなものとは違っていたのだという。

SECTION
/

安定したキャリアを選択するのをやめた

彼の人生における大きな転換点はやはり、エン・ジャパンの内定を辞退し創業期のベンチャーにジョインしたことだ。

新卒で大企業に就職し、新規事業室で活躍する……。それは、多くの人が憧れるファーストキャリアだろう。

しかし、そのチャンスをあえて手放した。そして、いつ潰れてしまうかわからない創業1年目のベンチャーにインターンという立場で入社したのだ。

朝4時半に起きて出社し、終電まで働く生活。上司からは毎日、非常に多くのフィードバックを受けた。それでもがむしゃらに働き、MVPを取るほどに。高度な実務スキルが求められると言われている企業への転職も果たし、次第に金銭的な不安もなくなってきた。

今の会社ではもちろんですが、鬼のように働いているときでさえ、仕事が楽しいと感じていました。それは圧倒的な当事者意識があったおかげだと思います。自分が頑張らないと会社が潰れるかもしれない、という焦りもありましたから。

新卒で大企業に就職した友人たちともよく話しますが、大きなリソースを動かし、社内外で沢山の人と関わるのはとてもやりがいがあると思います。

一方で自分の場合は、会社の存亡にかかわるような不安定な状態のプレッシャーと背中合わせで働くことが、「楽しさ」になりましたね。

この経験での教訓は「大企業よりベンチャーのほうがやりがいがある」という単純な話では、もちろんない。彼曰く、身近な他人の価値観とは違っていても、とにかくがむしゃらになれる仕事を探し、そこに飛び込むことができたというのが重要なのだ。

SECTION
/

「プレイヤー」であることをやめた

学生時代から第一線に出てがむしゃらに働いてきた渡邉氏だったが、X Mileを立ち上げCOOという立場になると、いつまでもプレイヤーとして現場に出続けるわけにはいかなくなってきた。部下を育て、現場を任せていかなければいけなくなってきたのだ。

自分ならもっとうまくやれるのに──。そうした葛藤をどうにか乗り越え、現場から離れることができた背景には「令和を代表するメガベンチャーを創る」というX Mileのミッションがあった。

創業するとき、代表の野呂と「せっかくやるなら時価総額1,000億円以上で上場、1,000人規模のメガベンチャーを創りたい」と話していました。だから、何か問題があるごとに「そのやり方は1,000人規模でも通用するか」という問いをお互いに投げかけあうようになりましたね。

創業2年目、メンバーが10人を超えたあたりで現場から手を引き、マネジメントに全振りしたのは、その問いにYESと答えるためでした。

正直言うと、それでも最初は抵抗がありました。「とはいえ今はまだ10人規模だし、とにかく売上が大事だし……」って。でも実際は10人規模のときでさえ、すでに無理が生じていましたし、思い切ってやり方を変えることにしたんです。結果、最初はガクンと売上が落ちたものの、その後2カ月で戻り、それ以降は売上も伸びていきました。

「それは1,000人規模でも通用するか」という問いは、X MileのValueのひとつである「スケーラブルな仕組みを創ろう」の原点となっている。中長期的な目線や持続性の有無を見定めることができるという点においては、スタートアップ経営における本質的な指標なのかもしれない。

そして、その指標による難しい意志決定を実際に続けることができるかどうか。これが常に問われている、ということなのだろう。

SECTION
/

自分が主役だという考え方をやめた

ところで、読者の皆さんは「起業家」に対してどのようなイメージがあるだろうか。渡邉氏の場合、学生時代から思い描いていた起業家像には、漠然と“主役”というイメージがあった。

この意見に共感を覚える人は少なくないはず。自ら会社をつくり、そのトップとしてリーダーシップを発揮して経営していく姿はまさに“主役”っぽく思える。

彼はそうしたイメージから、「会社は起業家がコントロールするものだと思っていた」と話す。

その考えが根本にあったので、社員が増えてきたときにも、ミドルマネジメント層を“管理する”という発想を持っていました。マネジメント手法もいわゆるマイクロマネジメントと言われるようなものでした。

でも、そういうマネジメント手法は良い方向には向かいませんでした。現場は疲弊していましたし、社内の雰囲気も良くなかったですね。結局コントロールもできていませんでした。

当時からリーダーやマネジャーとの1on1は大切にしていた。その中で多く聞かれたのは、「せっかく管理職になったので、もっとマネジメントに集中したい」「自分のやりたいことを、もっと任せてほしい」といったような、「裁量」にまつわる不満だったのだ。

経営する立場になった時、「悪魔のささやき」の正体を実感した気がしました。「コントロールしたい」という感情です。やりたいことが明確だから、コントロールしたくなり、細かいところまでいちいち言いたくなる。いちいち言うから裁量を感じにくいし、スピードも落ちる。

結果、自分自身に工数負担が集中してストレスになるし、事業もスピーディに回らなくなる、といった悪循環に陥るんですね。メンバーが自分達で裁量を持って、会社を動かす姿こそ、理想的なんだろうなとその時気づきました。少なくとも自分にとっては、それが大好きなベンチャー像だと思ったんです。

この頃から、「経営者は主役ではないんだ」と思うようになったのだという。いかに現場メンバーの能力が最大限発揮される環境を整えるかというのが大事であり、経営者はむしろ“支援者”的な立場であって、主役はあくまでメンバーなのだ、と。

現在では、“管理する”という考え方を捨て、強いて言うなら“寄り添う”という考え方を心がけているそうだ。

当初こだわっていた「現場」からはどんどん距離が遠ざかっていますが、経営者とはそういうものなのだろうと思っています。「無為にして化す」というのが経営の理想なんだろうなって。まだまだ十分にできているとは思いませんが、常に心がけようと思っています。

現場叩き上げの渡邉氏が「無為の治」を理想に掲げているというのはどこか変な感じもするが、まさにそれこそが、今に至るまでに彼がいろいろなものを捨ててきた証拠なのだろう。プレイヤーとしての自信も、リーダーシップを発揮する起業家像も──。

こちらの記事は2022年08月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

次の記事

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

栄藤 徹平

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン