連載「事業成長×組織拡大」の方程式──話題企業のCxOに聞く

数値計測や育成に、妥協は厳禁──“拡大”と“生産性向上”を両立させてこそ真のスタートアップだ【X Mile渡邉・LayerX石黒】

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インタビュイー
石黒 卓弥

NTTドコモに新卒入社後、マーケティングのほか、営業・採用育成・人事制度を担当。また事業会社の立ち上げや新規事業開発なども手掛ける。2015年1月、60名のメルカリに入社し人事部門の立上げ、5年で1800名規模までの組織拡大を牽引。採用広報や国内外の採用をメインとし、人材育成・組織開発・アナリティクスなど幅広い人事機能を歴任。2020年5月LayerXに参画。

渡邉 悠暉

国際基督教大学(ICU)在学中に、人材系大手エン・ジャパンの新規事業企画にてHRtech(SaaS)の企画開発・営業を担当。その後、HRtechスタートアップで、営業兼キャリアコンサルタントに従事。全社MVPを獲得。2018年7月に株式会社ネクストビートでメディア事業・人材支援事業の2つの新規事業を経て、2019年8月よりX Mile株式会社のCo-Founder COOとしてのキャリアをスタート。

スタートアップが直面する最も大きな課題の一つが、「組織拡大と事業成長の両立」だ。LayerXとX Mileは、いずれも組織の急拡大期を迎えている。2023年12月から2024年10月にかけて、LayerXは149名、X Mileは207名の増員を実現し、ともにSaaSスタートアップの従業員数ランキング上位を走る。

今後もさらなるスピードでの拡大を目指す両社では、組織の課題にどう向き合っているのか。この点を追求すべく、組織面のキーマンであるLayerXのCCO石黒卓弥氏とX MileのCOO渡邉悠暉氏との対談を企画した。

既に400名超まで拡大しているX Mileでは、月間30~40名ペースでの採用を継続。「崖から飛び降りながらロケットをつくっているような感覚」と渡邉氏が表現するように、急成長に伴うさまざまな組織的な課題と向き合いながら成長・拡大を試みている。

それを知った石黒氏は「すごい。これだけの規模で採用を増やし続けるのは相当難しいはずです」と驚き、渡邉氏に「寝てますか?」と気遣うシーンも。渡邉氏は「なんとか寝ています」と回答しつつ、「LayerXの『羅針盤』を定期的に読んで、いつも学ばせていただいています」と語り、互いの取り組みに関心を寄せる。

本対談では、急成長スタートアップのLayerXとX Mileで実施している組織の「ひずみ」への対策、事業成長すればするほど強まっていく社会的要請との向き合い方など、組織拡大に伴うさまざまな困難との格闘が赤裸々に語られた。

  • TEXT BY MAAYA OCHIAI
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組織拡大がもたらす「ひずみ」と向き合う

「多い時では月に30~40名ペースで増員を続けていて、来年はさらに高い角度で拡大をしていく計画です」

そう語るX Mileの渡邉氏。同社は人材事業とSaaS事業の両輪で成長を続ける。

X Mile渡邉氏

渡邉採用募集の面では比較的うまくいっていて、事業のほうも市場の需要が強いのでその点はポジティブです。ただし、さまざまな部分でひずみも出てきています。

特に課題として挙げられたのが、生産性の低下とオンボーディングの難しさだ。新入社員が早期に立ち上がり、生産性を向上させながら人員を増やすというのは、組織拡大に大きな課題となる。「2025年は相当チャレンジングな1年になると予想している」と渡邉氏。

この課題認識に対し、石黒氏は「それは当然のことだと思います」と共感を示す。渡邉氏はラクスル元COOの福島広造氏から聞いた「大きく事業成長している会社は、組織崩壊するか組織の希薄化が起きる。そこに耐えうる組織の状態を維持しておくことが大事」という言葉を引用し、組織のひずみを一定程度受け入れながら前に進んでいく状態について語っていく。

X Mileでは創業時から1,000名規模の組織を見据えた仕組み・体制づくりを意識してきた(ぜひこちらの過去記事にてご確認を)。しかしそれでも、急速な組織拡大の中、環境変化にも合わせるかたちでのアップデートが求められている。

渡邉2年ほど前、未来を見据えてオペレーションを最適化させたつもりでしたが、今では「より良いオペレーションの方法があるのではないか」という意見が現場から上がってきています。経営としていかにメンテナンスして、新しい形に落とし込んでいくかが課題です。

そんな中でも、現場からミドルマネジメント層へのコミュニケーションが活発になってきているところには、良い手ごたえを感じています。組織運営について、LayerX CEOの福島さんのポストで「同じ300名の組織でも半年で150→300になった会社と5年かけて150→300になった会社では全く別物」という指摘が印象に残っており、現場のメンバーに意識的に伝えることで、みんなが生産性の最大化に向けてそれぞれ工夫してくれていますね。

そして、AI SaaS事業『バクラク』『Ai Workforce』やFintech事業で成長を続けるLayerXにおける組織の現状について、石黒氏が「生産性の最大化」という観点で応える。

LayerX石黒氏

石黒組織の人数を増やしてきましたが、人数を増やすこと自体が目的ではありません。「採用した人材一人ひとりの生産性をいかに最大化できるか」を最大の課題として取り組んでいます。最近、代表の福島がnoteに書きましたが、『バクラク』事業において「11月の目標達成」というのを、組織の強度を高めるマネジメントによって実現しました。こうした取り組みで、一人当たりの生産性やARRを大きく改善できているので、良い方向に進んでいると感じています。

ただし、目標は今後もさらに高いものを掲げ続けます。これだけSaaSが普及し、AI市場も活況になっている中で、自分たちがオリジナリティを出していくために、まだまだ「当たり前の水準」を上げ続けなければならないと感じます。

両社ともSaaS事業を抱え、一般的には「営業人員を増やすことでスケールさせる」という戦略を採っているように見えるかもしれない。だが、単に人を増やせば伸びるという考えで組織を運営しているわけでなく、「増えた人数以上の価値を出す組織」を実現しようと妥協せず取り組んでいるのだ。

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「その制度の耐用年数は何年か?」
組織拡大を事業成長につなげる設計思想

両社の課題認識の中で共通していたのが、「当たり前の水準を上げる」という考え方だ。これはLayerXの企業文化を言語化した「羅針盤」の1つ目に置かれる「凡事徹底」という考え方にも通じる。

出所:LayerX羅針盤_ver 3.0

「羅針盤は本当に好きで、定期的に読み返しています。今日もスマホで読みながら来ました」と興奮気味に語る渡邉氏。

渡邉言葉の選び方も素晴らしいですよね。表現がとても丁寧に検討されているように感じます。社外発信のため、しっかり練られたものなんですか?

石黒実は、当初は社内向けの説明資料としてつくったものだったんです。社員が150名、200名と増えてくると、全員が同じ方向を向き続けることは難しくなっていきます。そうした背景が、羅針盤が始まったきっかけです。

その後、社内向けの数ページを除いて社外に公開。現在はバージョン3.0までアップデートされている。

渡邉羅針盤のアップデートは、生産性向上や組織のフェーズ変化への対応のためなのですか?

石黒そうです。例えば「厳しいことをはっきり言う」という項目があります。最初は少しドキッとする内容かもしれません。でも、これを機にSlackでは「厳しいことをはっきり」というスタンプがつくられて、場面場面で活用されています。羅針盤をアップデートし続けることで、組織内のコミュニケーションの質と強度が維持されるようにしているんです。

ちなみに、大事にしているのは「羅針盤の通りに行動しよう」ではなく「活躍しているメンバーの行動が先にあり、それを羅針盤としてまとめている」という点です。

石黒氏が強調した通り、羅針盤の特徴は、理想を掲げるのではなく、実際の行動を言語化している点にある。例えば、CEOの福島氏やCTOの松本氏を筆頭に、ほとんどのメンバーが毎日欠かさず日報を出すという行動があり、そうした行動を落とし込んだのが「凡事徹底」という言葉なのだ。

まずトップが実践することでそれが浸透していく。それを実践している人を称賛していくことで、さらに深くカルチャーとなっていく。言葉ではなく行動が先という点は、急成長する組織において、カルチャー形成の重要なポイントとなりそうだ。

現在の自社の課題と照らし合わせつつ、渡邉氏がさらに問う。

渡邉生産性を上げていくために、羅針盤のほかに行っている施策で効果があったものがあれば伺いたいです。

石黒生産性を上げるには、生産性を測ることを諦めないことが重要です。当社では入社も異動も多いため、社員を対象にアンケートなどをとっても、計測頻度が安定しないという声が出てきやすい環境にはあります。でも、それなら例えば入社6ヶ月以上の社員に限定するなど、トラッキングする基準を「決める」ことが大切です。

組織の急拡大フェーズなど安定しない中ではついつい基準設定をサボりがちなのですが、これは本当に重要なことです。必ずしもパーセンテージで見る必要はなく、単純に数をカウントしていくことでも構いません。

数字で見える化すると、みんな先週や先月より数字が下がるのを嫌がり、自然と努力するようになる。「先月より1件下がった、なぜだろう」という分析が始まるんです。当社は代表やリーダー層が数字を重視するので、そのような文化が根付いています。

渡邉数値の見える化から始めて、そこから成果に関する数字や指標が共通言語として定着していき、それが徐々に会議や日々の業務の中で使われるようになっていく。大事なステップですね。

石黒例えば組織のコンディションを認識するために、従業員向けのNPSサーベイを50名くらいの頃から半年に1回欠かさず実施してきました。時期によってスコアは下がることもあります。ですが将来必ず大事な資産になるので、勝手に「今回はやらない」といった判断をせず、未来の基盤づくりという意思を持って続けてきました。未来のためにも「言い訳しない」仕組みづくりは大切だと思います。

渡邉X Mileでも、私と野呂の2人しかいない時期にCRMを導入しました。「今これをやって、本当に意味はあるのだろうか……?」と夜に悩みながら、一人でER図を書きながらCRMを設計したことを覚えています。今ではそれが会社の大事な資産になっていますね。

未来を見据えた投資を早期から行ってきた両社だが、急成長することでその仕組みが形骸化したり、陳腐化したりして意味を持ちづらくなる場面に対して、どのように対応しているのか。

石黒氏は、「制度の耐用年数は何年かを考える」と話す。

石黒人事制度などは特にそうで、耐用年数を意識しないといけないと思っています。そもそもアップデートに1年くらいかかるので、例えば今からやるのであれば、「202X年の1,000名体制を目指してアップデートする」といった具合です。

渡邉私たちは創業1年目から、1,000名規模の組織にすることを想定し、メルカリさんの記事を読み漁って、その規模に耐えうる制度をつくることは意識していました。それでも陳腐化する部分はあり、難しいですね。

石黒先人たちが残してくれた情報を穴があくまで見て研究するのは大事ですよね。ありがたいことに、この5~10年でスタートアップのベストプラクティスのようなものが出てきているので、まずはそれらを徹底的にインプットして、その上で自社でどうするか考えるということはLayerXでも行っています。既に1,000名規模になった会社の成長プロセスを学んで、自社に置き換えてみると、本当に皆さん頑張って成長させているんだなと、身に沁みます。

渡邉まさに。先人たちの知恵は大体正しいですね。実際にやってみると、やはりその通りになる。

石黒でも、ただ単に先を行く企業を模倣するだけでは不十分だと思うんです。自社や自分に対して正しく誇りを持って、他社を参考にしつつも、オリジナルのやり方をつくることは諦めたくないと思っています。

例えば、勉強会やイベントを開催するときのノウハウはいくらでも手に入る。「イベントには寿司かピザを用意しよう」というベストプラクティスがあったとして、そこに少し気遣いを加えて変えている会社があると「さすが」と思ったりします。「この会社、ちょっと違うな」と思われることをどれだけできるかが勝負だと思います。

石黒氏はさらに、特に採用について、「自ら考え工夫し、失敗することが糧になる」と話す。「そのためにも、幹部は外部に目を向ける必要がある」と。この発言から、組織拡大や事業成長を引っ張るドライバーとして、組織のマネジメント層、経営層の成長に話題が及んだ。

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経営陣の成長が組織成長をけん引する

石黒氏は渡邉氏に対し、「年200名以上も採用するとなると、自社の採用業務で手いっぱいになってしまいますよね……!」と共感を示した。

渡邉そうですね。どうしても内側を向いた仕事の仕方が増えてしまう自分がいます。

石黒わざわざ外に出ていくのは時間も手間もかかりますしね。ただ、やはり将来の資産になるので、最近は社内でも、外に出ることを意識的に促しています。

渡邉私は少なくとも四半期に1回は、1,000名のフェーズを既に経験している経営者の方とお話するようにしています。どちらかというと内向的な人間なので、外に出るのはしんどいのですが(笑)、将来のためだと思って個人的な裏KPIとして設定しています。

石黒それを野呂さんや渡邉さんの次のレイヤーの人たちも意識的にやっていく必要がありますよね。自分でつくったネットワークは消えないので、特に幹部層には、そういった行動は意識的に続けてほしいと思います。

LayerXのリーダーシップ陣は一番忙しいのですが、月に1回や四半期に1回でも、意識的に外部に出るよう伝えています。役職者は特に名刺の肩書があるわけです。だからこそ会える方もいらっしゃるでしょうから、積極的に人に会いに行こうと。

外部との接点を持つことで得られる学びは大きい。石黒氏は人材系企業が主催するイベントでの経験を語る。

石黒最近、大企業のCHROの方や政府関係者などが招待されている交流の場にお招きいただくことがありました。現在『バクラク』は中小企業がメインのお客様ですが、エンタープライズマーケットにもさらに事業を展開していく中では、こうしたエグゼクティブが集まる場での経験を積むことも重要です。これは必ず会社に還元しなければと、テーブルセッティングの写真を共有したり、見聞きしたことを社内に共有したり語ったりしています。

渡邉当社も企業規模が大きくなるにつれ、お付き合いする企業の規模や雰囲気が変わっていくのを感じます。

ただ、創業期に入社してきた生粋のベンチャー人材が多い中で、自分も含めてどのようにビジネスパーソンとしての基準値を上げていくかが課題だと感じています。何か取り組まれていることはありますか?

石黒いろいろありますが、例えば、しっかりしたスーツを購入することや、靴を磨くなど、お付き合いする企業やTPOに合った服装・所作を身につけることですかね。1~2年ほど前から、「オンラインでもきちんとした服装をしよう」という話をしたり、フォーマルな場の経験を増やしたりするなど、少しずつ実践しています。X Mileさんの場合は、現場に合わせたものを着用するのが良いケースもあるでしょうね。

意識的に取り組んで、その中で「こういう立ち居振る舞いが好きだ」と思えるようになることが大切だと考えています。

渡邉そうですね。やらされている感があると苦しくなってしまいます。特にベンチャー企業、テック企業では、服装の自由度を求める声が強いですよね。そのあたりはどのように折り合いをつけていらっしゃいますか?

石黒「フォーマルなほうに合わせれば、誰も嫌な思いはしない」と割り切って考えています。もちろんカジュアルな面談の場などでスーツを着ると相手側がむしろ緊張してしまうということであれば、パーカーやTシャツでも全く構いません。あくまでフォーマルなビジネスの場で失敗することは避けたいということです。

また、組織の成熟度を高める上で、多様な経験を持つ人材の存在も重要だ。X Mileでは経営陣がまだ30歳前後である中、経験豊富な管理職のメンバーが加わることで変化が生まれているという。

渡邉現在の管理職は30代後半から40代前半が中心で、40代後半のメンバーもいます。ひと回り上の方が入ってくることで初めて気づく学びがたくさんあります。「経験の厚み」が加わることで、組織の重心が下がっていくような感覚があるんです。それが会社の成熟度を高めていくために大切なことの一つだと感じます。

具体例として、渡邉氏は経験豊富な管理職に任せた事業部が、若手が多い現場でありながら、高い業績を上げていることに言及。その理由は、細部への気配りにあるという。

渡邉実際にしてくれていることは、先ほど石黒さんがおっしゃった「凡事徹底」に近いものです。服装はもちろん、「食事を終えたら共用デスクをきれいに片付けてから帰る」といった細かな部分まで気を配ってメンバーに声をかけてくれているんです。そのような基本的な部分の徹底から、生産性も高く、モラルも高い「しっかりとした組織」ができていくのだと実感しています。

石黒いい話ですね。最近私が「ゴミ袋をちゃんと片付けよう」という基本的なことをXにポストしたら思ったよりも多くの「いいね」がつきました。まさにそんな姿勢が大切ですね。

特に伝統的な企業が多い業界では、こうした基本的な振る舞いの重要性が増す。

石黒手土産や年末の挨拶なども同様です。スタートアップやベンチャー企業にいると身近なものではないので「年末の挨拶とは…?なぜ必要?」と感じることもあるかもしれません。しかし、こうした慣習を知り、前向きに活用しようと考えることで、それをきっかけにビジネスが拡大することがあります。前提は疑っていいと思うのですが、商習慣として成り立ってきたものをリスペクトし、踏襲するというバランスが大切です。

渡邉その通りですね。物流や建設などの領域では、業界ごとに独特の商習慣がありますし、地域によっても異なることがあります。それを尊重して事業を進めていくことは非常に重要ですし、若手メンバーにもそういったことをインプットしてもらうようにしています。

石黒氏が言うように、ベンチャー企業はこれまでの前提を疑う必要はあるものの、伝統的な企業にも展開していくフェーズになれば、幹部層だけでなく現場で働くメンバーにも、商習慣の理解と実践が必要になってくる。そこでここからは、社員教育やインナーコミュニケーションにも話が展開していく。

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ひずみを最小化するための必須項目は「オンボーディング」と「インナーコミュニケーション」

スタートアップ企業にとって新入社員が早期に立ち上がることは非常に重要だが、一方で、BtoBビジネスにおいて、業界理解が不十分なまま現場に飛び込んだ営業社員が、知らず知らずのうちに無礼な対応をしてしまった場合、一瞬で会社の信頼を損ない、取引可能性が失われかねない。そのようなリスクとスピードとのバランスを、両社はどのように捉え、対策を取っているのか。

渡邉X Mileでは現在、オンボーディング期間として2ヶ月弱を設定し、2~3か月目から徐々に数値目標を持ってもらっています。ただ実際に一人前になるには半年くらいかかると考えています。

石黒渡邉さん自らやっているんですか?すごいですね、それは大事ですね。

特徴的な取り組みとして、入社2週目に実施する「ベンチャーマインドセット研修」がある。渡邉氏自らが対面で実施するこの研修では、心身の健康状態を保つことの重要性を伝える。

渡邉入社2週間で膨大な量のインプットをしてもらうので、ちょうど「しんどいな」と感じるであろう時期に、このベンチャーマインドセット研修を行います。変化に適応することがベンチャーの強みではあるのですが、その変化に振り回されて疲れてしまう瞬間もあるので、うまく自分の頑張りを認めながら乗り越えていこう、チームが大切だよ、ということを伝えています。

あえてリアルで集めて、自分自身の経験談も語ることで「渡邉さんにもしんどい時があったんだ」と知って少し楽になったという声をよく聞きます。自分で自分を追い込んでしまい、プレッシャーをかけすぎてしまうことが苦しくなる一番の要因だと思うので、それを共有して少し肩の力を抜いてもらう効果もあると感じています。

LayerXでも、インプットが多くなってしまうことは課題だと石黒氏は話す。

石黒LayerXには3つの事業があり、新入社員には「ほかの事業のことは見なくてもいい」くらいの伝え方をしていますが、そもそも『バクラク』だけでも相当なインプットボリュームになります。そこは業務上、覚えてもらうしかない状況です。なのでフォローする意味で、入社後1か月面談は必ず実施しています。

シンプルなオンボーディングの仕組みながら、強い社内文化を持つLayerX。渡邉氏は、インナーコミュニケーションにヒントがあるのではないかと、石黒氏に問いかけた。

渡邉LayerXさんは、インナーコミュニケーションにはどのように取り組まれているんですか?

石黒週次の全社定例会を重視しています。毎週月曜日に30分、全社員が参加する形で、各事業部門からの報告と、福島と松本の話があります。30分×400名というとんでもない時間を取ることになりますが、この30分だけは毎週確保するようにしています。

また、月末の最終営業日には月次締め会を行い、各部門の月間達成状況を発表し、マンスリーMVPの表彰も行います。「ラシトピ(羅針盤トピック)」と呼んでいるのですが、月間で各事業部から2名程度選ばれるので、社員が「月間MVPに選ばれました」とXに投稿する様子も結構あって、モチベーションにもつながっていると実感します。

また、noteによる情報発信も、社内コミュニケーションの重要な要素となっている。

石黒ありがたいことに、トップである福島や松本が自らnoteを書き、発信してくれています。最近は、社外向けであっても実質的に社内向けのような発信も増えていますね。実際に、社員もしっかり見ています。

X Mileでも月次の締め会や半期の集合サミットでの表彰は実施しているが、「それ以外はインナーコミュニケーションの取り組みがほとんどできていない状況」と渡邉氏は率直に語る。

渡邉従業員サーベイは月1回実施しています。スコアが下がったり、定性的な項目を見たときに悩んでいそうだと感じたりしたら、別途フォローするようにしています。ただそれも緊急対応的な形になってしまうので、望ましくないと思っています。来期以降の重要な課題ですね。

石黒LayerXもエンゲージメントサーベイを半年に1回、マンスリーコンディションサーベイ(MCS)を月1回行っています。MCSはSlackのbotが5つの質問をする簡単なものです。

今はギリギリ可能な規模なので、私も一人ひとりのスコアを見ていますね。1on1の実施状況であったり、コンディション上下の要因なども細かく確認しています。同じように、目標管理や評価の面談も大切で、こちらの実施・提出状況なども見ています。業務状況などにより期限が守れていない部署も発生します。400名いる組織で全員がしっかり目標管理面談をできている状態は逆に不自然なくらい難しいことです。ただそれでも、目標設定はすべての基礎になるので、「まあいいか」となってしまうのは絶対に避けたいです。

妥協してはいけないものを見極めた上で、体系的に目標設定や評価制度をつくり、社員が納得感をもって働ける環境をつくる。言うのは簡単だが、実現するハードルは非常に高い。

社員にとっての働きやすさを整備することと、急速に事業を伸ばしていくことは、多くのスタートアップにとってトレードオフになりやすい。X MileとLayerXではどのように対応しているのか。この部分についても、熱気のこもった対話が行われた。その様子を次章で見ていこう。

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組織強度をどう保つのか?

石黒採用広報においては「働きやすさ」の発信も重要です。ですが、社内のマネジメントにおける「強度を高める」という点と、トレードオフになってしまうかもしれない。この両立が、意外と難しいんですよね。

渡邉おっしゃる通りですね。私たちも創業当初から「中長期的に良い会社づくりをしていきたい」という思いは全く変わっていません。会社としての規模が大きくなってきたことで、以前と比べると働きやすい会社づくりに近づいていると感じます。一方で、「いかにして目標を達成するか」にこだわり、泥臭く現場を駆け回る文化を大切にしていることも、正しく伝えていきたいですね。

私も石黒さん同様に、「働きやすいだけの企業」に見えてしまうのは、ベンチャー企業としてミスリードになりかねないので、発信の際のバランス感覚を強く意識しています。

石黒そんな観点では、野呂さんや渡邉さんは、マネジメントをどのように学び、実践しているのでしょうか?というのも、自分が受けたマネジメントがどうしても沁みついてしまっているものじゃないですか?

私はNTTドコモのような大企業と、メルカリのようなスタートアップの成長フェーズ、これらの経験がベースになっています。お二人のように比較的若くして起業すると、マネジメントの経験値や見聞きしたことが相対的に少なく、難しさもあるのではないかなと。

渡邉私の場合は、学生時代から正社員として働いた経験もあり、起業するまでに合計で6名の上司を経験しました。ただ、かなり体育会系のマネジメントではあったので、このやり方が必ずしも正しいわけではないと自分に言い聞かせながら、バランスを取るようにしています。

石黒一つの傾向として、体育会気質のマネジメントは、強度が高く、自身の基準が上がる傾向にあるので、マネジメントにおける経験値としてはとても大事だと思います。

加えて、現代では、多様な価値観や働き方を許容していく流れがありますよね。例えば私は育休を経験しているので、その辺りはある程度理解できますが、介護や妊活の経験はないので、深く理解することが難しい場面があります。

さらに、現在のビジネス環境、特にBtoBビジネスにおいては、自然とグロースするモデルよりも「足で稼ぐ」スタイルが重要になると石黒氏は説く。そして「掛け目ではなくカウントアップの経営」というCEO福島氏の発言を紹介しつつ、こう語る。

石黒LayerXはもしかしたら、テクノロジーで生産性を上げて、クールに働いているように見える部分もあるかもしれません。ですが、実際には月末こそ、受注見込みのお客様に一本一本電話をして、「今月中にサインをいただけますか?」と泥臭く受注獲得を目指す仕事が重要なことに変わりありません。

2024年の大きな出来事として、「受注率」という掛け目ではなく、「受注件数」というカウントアップを見ていくマネジメントに注力したというものがあります。その結果、行動が具体的になり、組織として強度が上がり、受注率自体も改善された。経営陣が自ら商談に出たり出張に行ったり、社員全員の積み重ねで実績があげられている、そうした泥臭いけど大切な部分をもう少しうまく外に伝えていきたいと思っています。

経営層も積極的に現場に出ることを意識している点では、X Mileも同様だ。渡邉氏は「リファラルでも商談でも、同席してくれと言われたら積極的に行きます」と語る。しかし同時に、組織の拡大とともに新たな課題も出てきている。

石黒これだけ拡大しているし、たくさんの記事が出ている状況では、経営陣に勝手に権威性が生まれて、従業員の皆さんから遠慮され、あまり呼ばれなくなっていきませんか?

渡邉そうなんですよね。私自身も全員の顔と名前が一致するかどうかと言われると怪しいところもあり、なかなか気軽に呼んでもらえなくなってきています。

石黒従業員の皆さんからすると、400名もいる会社で自分なんかが声をかけるのは申し訳ないと遠慮してしまうんですよね。それをどう取り除いていくかは私達にとっても大きな課題です。

渡邉そうですね。BtoBであることや、人がたくさん増えて生産性を上げていくという組織フェーズであることなど共通点も多いので、これからのインナーコミュニケーションやマネジメントの仕方について、自社でもLayerXさんの「羅針盤」のような取り組みを、何らかの形で取り入れていけたらいいなと思います。

組織の規模拡大と事業成長の両立、社会からの期待に応えながら組織の強度を保つ難しさ。両社は試行錯誤を重ねながら、「組織のひずみ」を経験値として捉え、それを乗り越えることで次のステージを目指す。

今回聞けたのは、取り組みのほんの一部でしかないだろう。さまざまな前例なき挑戦をこれからも続けていく両社が、新たなロールモデルになっていくのだろう。

こちらの記事は2025年01月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

落合 真彩

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