連載私がやめた3カ条

「やりたいことがない」を強みにする──グラファー石井大地の「やめ3」

インタビュイー
石井 大地

東京大学医学部に進学後、文学部に転じ卒業。2011年に第48回文藝賞(河出書房新社主催)を受賞し、小説家としてプロデビュー。複数社の起業・経営を経て、2014年より株式会社メドレー執行役員に就任し、医療情報サイト「MEDLEY」の立ち上げに参画。その後、株式会社リクルートホールディングス メディア&ソリューションSBUにて、事業戦略の策定及び国内外のテクノロジー企業への事業開発投資を手掛けたのち、2017年にGrafferを創業。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、行政サービスのデジタル変革を手掛ける株式会社グラファーの代表取締役CEO、石井大地氏だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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石井氏とは?
東大医学部から小説家に!?変幻自在な経営者

東京大学医学部に進学し、途中で文学部に鞍替え。2011年には小説家としてプロデビューを果たす。2014年からは医療系スタートアップに就職して事業立ち上げ等に従事。その後リクルートへの転職を経て、2017年にグラファーを創業。

こうして表面的に彼の経歴を見るだけだと、あるいは「一貫性がない」と感じるかもしれない。結局彼は何がしたいのだろう、と。しかし、ある意味ではそれこそが──“こだわりのなさ”こそが──石井氏の特徴であるかもしれないのだ。

石井氏は幼少期から創作が好きで、中学生の頃には小説を書いたり音楽を作ったりしていたという。その頃から彼の中ではクリエイターとして収入を得る生き方が頭の隅にあった。

そんな彼が東大医学部への進学を決めたのは、「創作と脳の関係性」について研究してみたいという思いがあったからであったが、それとは別に合理的な生存戦略でもあった。

同氏が育ったのは不況真っ只中の90年代。地元秋田では公務員こそ正義という風潮もあったという。そんななか、「東京に出て創作活動をしたい」と言って誰が応援などしてくれようか。しかし、東大医学部への進学となれば話は別。

そうして彼は、周りから応援されながら脳科学の研究をし、あわよくばクリエイターとしてのデビューを狙うという絶好のポジションを手に入れた。

なぜ彼は医学部から文学部へ文転したのか、なぜ小説家をやめたのか、なぜ起業したのか……。謎めいた彼のキャリアを紐解くと、「こだわらない」という強みが浮かび上がった。

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リスクヘッジをやめた

上記背景によって医学部に進学した石井氏だったが、その2年後に文学部へ転部。なぜ東京大学医学部という誰もが憧れるステータスを手放したのか。その理由は大きく2つあった。

ひとつには、同氏が関心を持つ研究分野の“先が見えなかった”から。芸術に感動したときの脳の動きや、創作するときの脳の働きといった複雑な仕組みを理解するためには、とてつもない長い時間が必要になりそうだった。いや、その長い時間をかけたとしても、満足できる結果が得られるかどうかはわからなかった。

そしてもうひとつは、金銭的な問題だ。自分よりも一回り年上の研究者たちが日々の生活に喘ぎながら研究を続けている姿を見て、理想が崩れ落ちる思いをしたのだという。そんな生活を続けながら、うまくいくかもわからない研究に数十年という時間を費やすのはどうなのか、と。

そうして彼は、研究者ではなくクリエイターになる決断をした。

それまでにも東大受験ノウハウの書籍などを執筆していた同氏にとって、文章を書くことには自信があった。最短距離でクリエイターになることを考えた彼の取った選択が、文学部への転部だった。

そして小説家としてデビューするため、できることはすべてやろうと決め、そのために彼は一切の仕事をやめた。

医学部に在籍していたときには、塾の経営や受験勉強本の出版などで、大学生としてはかなりの額を稼いでいたという。事実、学費や家賃などはすべて自分で払っており、すでに親からの経済的な支援は断っていた。

そんななかで、なぜ彼はそれらの仕事をすべてやめる決断をしたのだろうか。

石井医学部にいながら創作を続けるという“大きな安定”を捨てているのに、それよりも“小さな安定”として日銭を稼ぎながら創作を続けることに意味はないと思ったんです。だったら金銭面は奨学金で凌いで、創作だけに打ち込もうと。

あとは、なんとかなるだろうという漠然とした考えもありました。多くの人がいろんなことを心配してリスクヘッジをして生きていますが、そういうことはあまり意味がないと思うんですよね。実際、自分もなんとかなりましたし。

小説家としての彼が書いたある小説のなかに、「諸法は空相」という印象的な言葉がある。問題は認識によって“ある”ように感じているだけで、実は存在していない、ということなのだという。

もちろん、こうした考えは実体験に基づく根拠のない自信から生じるものかもしれない。が、リスクヘッジを考え過ぎることのリスクも考えるべきなのかもしれない。グラファーの顧客は、自治体や官公庁だ。「営業しにくそう」と感じる読者もいるはず。だが、そんなリスクを考えるのではなく、自信をもって良いものを提供していく。そんな挑戦を続けてこれたからこそ、今の姿があるのだろう。

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「自分が何をしたいか」を考えるのをやめた

2011年、石井氏は第48回文藝賞を受賞し、小説家としてプロデビューを果たした。しかし、その数年後には小説家をやめ、医療系スタートアップであるメドレーに就職したのだ。

小説家をやめた最も大きな理由は、稼げないから。小説家としての数年間、必死に取り組んでみたが、これ以上ないほど鮮明に「稼げない」と感じたのだという。

そうして「芸術」ではなく「実業」で生きていく決断をした彼は、その2つの明確な違いを知ることとなった。

石井自分が作り出したものを世に問うということ自体はプロとしてやってきた自負がありました。でも、ただ自分がやりたいことをやるという芸術家としてのそれと、社会的ニーズに自分の能力をぶつけにいくという実業家としてのそれとは全く違うものだったんです。

それまでは、なんとなく「金儲けはダサい」みたいな考えを持っていたんですが、実際それは求められているからお金になるわけで、喜んでくれる人がたくさんいるということなんですよね。小説家として稼げない時期があったからというのもあるかもしれませんが、世の中の課題を解決してお金を稼ぐことの楽しさを素直に感じられるようになりました。

この転換点を通して、「自分がしたいことは何か」という視点ではなく、「社会的な問題に対して自分の能力で何ができるか」という視点を持つことができるようになったという。

この観点はある意味、全てのビジネスパーソンにも言えることかもしれない。自分が作り出したいものに固執するのではなく、クライアントやユーザーが何を求めているかという視点から考える。当然のようにも感じられるこの考え方を実行していく中で、意外にも小説家としての経験も強く活きているのだ。

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こだわりを捨てた

メドレーで働いていた頃から石井氏は起業をしたいと考えていた。リーダーシップを発揮して物事を創り出していくことは得意。サラリーマンよりも経営者の方が性に合っていると考えたのだ。

しかし、やりたいことが見つからなかった。「何の事業をやりたいか」という確固たるアイデアがなかったのだ。

これと似た経験は小説家のときにもあったという。自由に何でも書いていいとなると、何も書きたいことがないことに気付く。評論家からも同様の意見が多かった。

「やりたいこと」は、ない。だがアイデアさえあれば、課題さえあれば、誰よりもクリエイティブな解決方法が溢れ出てくる。

石井そういう、オリジナルの考えが無いということ自体が自分の特徴なんだと思うようになりました。要するに「こだわり」が一切ないんです。グラファーはまさに、そういう私の性質が色濃く反映されている会社だと思います。社会の課題を探索して、スケーラブルな解決策を出して、ビジネスにしていく。これがグラファーのスタイルです。

創業する際の事業内容はインキュベイトファンドの代表パートナー村田祐介氏にインスパイアされた。石井氏が事業ドメインに悩んでいた際、村田氏は規模感やニーズに無限のポテンシャルを秘めた「行政」に着目。2人で練りに練った上で形にしたのが、行政手続きのDXというわけだ。

石井課題を起点にビジネスを作っているから、必要としている人は必ずいるんです。こうした特徴は強みにもなると思っています。こだわりがないので、一度始めたサービスも躊躇なく方針転換することができます。こだわりを持たないからこそ、スピード感を持って意思決定できるのでしょうね。

社会の問題に対して、持てる能力でどのように対処するか。そして、それをどうすれば持続的なビジネスにできるのかを考えること。

こうした考えは会社経営における当たり前の考え方だと感じるかもしれない。しかし、こだわりを排除して実行に移すのは至難。グラファーが手掛ける「行政のDX」という事業領域も、まさに「実現していく難易度がものすごく高そうな領域」というイメージが強い。

だが石井氏の場合、そうしてまとめ上げた主義の裏に強い実体験が織り込まれているからこそ、今、理想を実現し始めているのかもしれない。

こちらの記事は2022年06月10日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

栄藤 徹平

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