連載私がやめた3カ条

Twitter気にするの、辞めました──Hubble早川晋平の「やめ3」

インタビュイー
早川 晋平
  • 株式会社Hubble CEO & Co-Founder 

1991年生まれ、兵庫県出身。2014年、関西学院大学理工学部を卒業後、会計事務所に就職。多くの企業に残る非効率な業務オペレーションの現場を目の当たりにし、それらを解決すべく2016年に当社を設立。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、契約業務クラウド『Hubble』を提供する株式会社HubbleのCEO & Co-Founderの早川晋平氏だ。

  • TEXT BY TAKASHI OKUBO
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早川氏とは?──プロダクトと同じく、コアなファンに愛される起業家

Hubbleは2022年の2月をもってサービス提供を開始して3周年を迎える。ユーザーから愛されるプロダクトを目指した早川氏の思想が受け入れられ、サービス利用継続率(MRRベース)は99.6%を誇る。

そんな早川氏に取材をし、「自分の軸をぶらさない」意思の強い経営者という印象を抱いた。彼はただの頑固や偏愛主義者ではなく、どこまでも「ユーザーに愛される(必要とされる)サービス」を追求し続けている。そんな確かな“芯”があるからこそ、判断もブレないし情報の取捨選択も間違えない。自社のプロダクトが何を解決し、ユーザーにどんな価値をもたらすのか。事業が成長していく中で見失いがちな原点を見失わない経営者だと言えるだろう。

また、そのような考え方を持っているがゆえに、投資家の意見でも無条件にイエスマンとなることはない。ただそう聞くと、ステークホルダーとの関係を心配する声が聞こえてきそうだが関係性は良好だと言う。その理由は、関西出身である早川氏が持つ“愛され力”とも言うべき対人スキルと、決して自分を大きく見せようとしない立ち振る舞いにあるようだ。

自分自身の“芯”を明確に持つ早川氏の「私がやめた三カ条」は、そんな本人の人間性が強く表われている内容だった。

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万人に好かれるのをやめた

“売れる”プロダクトを作ろうと思うと、市場の最大公約数を狙って幅広いニーズを満たそうとしてしまいがちだ。もちろん、プロダクトの目的や事業規模にもよって、何が最適な答えかは変わる。しかし特定のユーザーが「このプロダクトがないと仕事にならない」レベルで望むプロダクトを作ることは成功例だと言えるだろう。

「全員に好かれるプロダクトではなく特定のユーザーに刺さるプロダクトにする」早川氏もそう考える一人だ。

早川「全員に好かれようとするのをやめる」のは、ここ半年ほど特に強く意識するようになりました。私たちは、ようやくHubbleの魅力を分かっていただけるユーザーに出会うことができ、シリーズAを迎えられたと思っています。

特定のユーザーにはかなり刺さっている一方で、一定のユーザーにとっては無くてもいいと思われているかもしれません。ただこの時に、全員の幸せを満たそうとすると、競合他社の製品や既に市場にある製品とほぼ変わらないものになってしまいます。「誰を幸せにしたいか」を明確にして、強く継続的に意識し続けなければなりません。

そんな自社のスタンスを有名なコミュニケーションツールで喩える。「自分達はTeamsではなくSlackを目指す」というのだ。最近のTeamsと言えば、破竹の勢いで成長したSlackのシェアを追い抜いたとして話題になった。早川氏はユーザーの「数」よりも、「どれだけ利用者を幸せにできているか」を重視し、自分達が目指すべきはSlackであると言い切る。

早川社内でもよくSlackとTeamsの話をします。Teamsのユーザー数はSlackの何倍にもなり、Slackは負けているという解説をよく見かけるようになりました。ただ、本当にユーザーを幸せにしているのはどちらのツールなのか考えるんです。

Teamsは大企業に多く、社内メールツールと併用しているケースが殆どだと思います。ちょっとしたメッセージを送る時と、オンラインミーティングを使う時だけ利用するといった使い方が大半です。

対してSlackを使っているユーザーは、雑談から仕事の重要な話まで全てをSlackの中で完結させます。初めから気づけば入っていたツールと違い、Slackは意識的にパソコンやスマホに入れて活用します。自分でスタンプを作ることもでき、意識的に社内を盛り上げる。そういった能動的な人たちに好まれやすいツールなのかもしれません。

もちろん目的に即したツールを導入することが最も重要ですが、Slackはユーザーの仕事に変革をもたらしやすいツールといえるのではないでしょうか。

私たちのサービスも、ただ幅広くユーザーを集めることよりも、強烈に深く愛してくれるユーザーに目を向けることが大事だと考えています。どちらが正しいという話ではなく、「自分たちはどうありたいか」を考えた時に「ユーザー数は少なくてもいいから、しっかりと契約のあり方を変えていけるプロダクトを作る」集団でありたいんです。

そういった考え方を忘れないためにも「全員に好かれる必要はない」ということを社内でも共有しています。

早川氏はこの考え方を、ユーザーだけでなく投資家に対しても徹底している。投資家からの指摘を全て鵜呑みにせず、自社のスタンスを見失わないことでHubbleを成長させてきた。

早川私たちが投資家の皆さんから預からせていただいている資金は、自分たちなりの成功を掴むためにあると考えています。

時価総額のみを評価する投資家の方は多いと思いますが、私たちの成功基準は必ずしもそれだけとは限りません。「ユーザー数何人」ではなく、ユーザーが「Hubbleを使う前の仕事が想像できない」、「今までのドキュメント管理にはもはや戻れない」「Hubbleのおかげで法務の介在価値が変わった」など、そういった声が聞けることを成功と位置づけていますね。投資家の皆さんも同じ思いでいてくれていると思います。

成功の定義は様々だ。万人に受け入れられるミリオンセラー然り、熱狂的なファンを抱えるコアなプロダクト然り。早川氏が目指すのは後者だ。特定のユーザーにとって無くてはならないものを目指していることが、唯一無二のプロダクトを生み出せる所以なのだろう。

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Twitterを気にするのをやめた

経営者は常に会社の進むべき道を決める重要な意思決定を迫られる。思考する過程では、成功した他の経営者の考え方や投資家のアドバイスを参考にすることもあるだろう。しかし、時にはそこに“落とし穴”がある。

その意見は本当に、今の自分にとって必要な考え方だろうか。重要な意思決定であればあるほど、慎重に判断しなくてはならない。人の意見に流されず、プロダクトとして目指す理想を追求し続けることが必要な場面もある。人の意見を取り入れるにも明確な理由が必要だ。それだけ素晴らしい実績を持っている人だとしても、「あの人が言っているから」という理由だけで意思決定するのは危険だと言える。

そこで早川氏がやめたのは、他人の指標を気にすることだった。

早川株主は一般論として必要なアドバイスを私たちにしてくれます。例えばT2D3などですね。そういった意見は全て正しいように聞こえるので、対応しなくてはいけない気がしてしまいます。ですが自分達の事業にとって本質的なものは何か、を見抜く力が必要です。

似たような場所がTwitterです。ただその人の思考を発信しているだけなのに、その言葉がまるで書籍の一文かのように思えてしまう。公の場で堂々と言われている発言だと説得力があるように見えるのですが、あくまでも一つの価値観に過ぎません。

例えば、SaaSのプロダクトはARR1億円を達成するまでは「創業者がセールスし続けろ」や、「プロダクトを見続けろ」といった発言が散見されます。ただ、そういった発言は、彼らの経験から導かれた法則なので、必ずしも私たちに当てはまるとは限らないと思うんです。

他人の指標を気にしないというのは、決して独りよがりになろうとしているわけでも、他人の意見を聞き入れないということでもない。先人が実際に歩んできた道を知り、既に開拓された手法は取り入れる。

早川ただそれは情報収集をするなということではなく、自分で取捨選択をすることが大切です。株主の皆さんからはHubbleのフェーズにフィットするアドバイスが多く、いつも勉強させてもらっています。多くの情報に踊らされるのではなく、多くの情報から取捨選択をすることが大切なんですね。

「車輪の再発明をしない」という考え方は大事で、例えば自分一人で悩み続けたら1ヶ月かかる出来事でも、既にクリアした人と1on1すれば1時間でクリアできます。自分達がもがいているフェーズをクリアした経営者の話は、できるだけ集めるようにしています。

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“スクリーンショット”を気にすることをやめた

会社の価値を判断する指標に、時価総額がある。あくまで指標の1つに過ぎないのに、まるで時価総額が企業の通信簿とでも言わんばかりに、その数字の大小で会社の将来性まで語られることも少なくない。しかし一時の評価をスクリーンショットのように切り取り将来性まで決めつけてしまうと大きなチャンスを見逃してしまうこともある。

事業とは長期的に継続していくものであるがゆえに、どこで評価が逆転するかはわからない。市場のトップだと思われていた企業が他の企業に抜かれた途端、世間は手のひら返しのように態度を変える。そんなことが日常茶飯事だろう。

“今”だけを切り取らずに長期的な視点を持って冷静に評価すべきであり、早川氏も自身の実体験から短期的な状況判断が危険だと話す。

早川今目の前で起きていることを評価しようとしすぎると、判断を誤ることがあると感じています。なので、私はその場のスクリーンショット、今だけを気にしすぎることをやめました。

SaaSだと、ARRのような売り上げをどのように評価するかが近いと思います。例えば今ARR1億円で、その奥にある「解約率はどれくらいなのか」、「広告はどれくらい踏まれているのか」もしっかり見て、ARRという側面だけで切り取らない。ARRがものすごく重要な指数であることに変わりはないですが、“今”のARRだけで物事を判断しないのが大事なんです。

4~5年後の企業像にもフォーカスしないと判断を誤ってしまいます。T2D3など成長率に固執しすぎず、長期的な会社像を考えてユーザーの満足度や継続率にフォーカスすることがとても大事です。自分たちの描く世界観を実現させるためにやりきる。他の人が作ったT2D3という評価基準で評価しない、ということが必要なのだと考えています。そういった観点では「他者を評価しない」という軸も大切ですね。

先程の「他人の指標を気にしない」ことといい、ここまで徹底して、自分や自社のプロダクトの価値を大切に思うのはなぜなのか。シンプルに過去に何か痛い目でも見たのかと感じたので、素直に聞いてみた。

早川過去のことですが、当時、意識していた競合会社がありました。急激に成長している会社で、従業員数も我々の10倍で、売り上げも非公開ですが恐らく我々の10倍を超えているだろうと予測していたんです。

そんな会社に勝とうすると、変に意識して自分たちを見失ってしまいました。同じ土俵で戦おうとしてKPIも似てきてしまい、結局、お金を多く持っている方が勝つという構図になってしまう。私が競合を勝手に評価をし、「こういうところが優れている。なら自分たちも同じように作らないといけない」と思ってしまったんですね。

そういった嫉妬や焦りから動いてもうまくいきません。このようにチームをまとめるのも、プロダクトを作るのもうまくいかない時期があったので、無理に評価をして、その場の状況だけで判断していくことは間違っていると感じましたね。

それからは、他の会社に嫉妬なんてしたくないので「自分たちの強みは何か」ということに常に目を向けています。プロダクトで言うとバリュープロポジションです。競合他社との差分で、どういった部分でユーザーが選んでくれたのかを意識しています。

正確なことは忘れてしまったのですが、海外の著名な方が「スタートアップが死ぬ理由は競合ではなく自滅だ」と言っていました。本当にその通りだと強く共感しています。

早川氏が語るHubbleの強み、チームの強みとはどういったものなのだろうか。

早川概念的なことになりますが「等身大であり続ける」ことですね。社内のメンバーは誰も背伸びしようとしないんです。知識をひけらかしたり、人を自分の思うように行動させたりしようという人もいません。みんなが等身大のまま仕事をしてくれていることがプロダクトやサービスにも反映され、「人間らしさ」のようなものがお客様にも伝わっている気がします。

私が昔、大阪で働いていた頃、なんとかその環境についていくため必死に背伸びして立ち振る舞ってかなり疲弊していました。そんな思いを今のメンバーにはしてほしくないので、リラックスした状態で働いてほしいと思っています。

取材中もたびたび、「これ言っちゃっていいんでしょうか?」と本音をぶつける早川氏。いつだって彼は等身大なのだろう。それがコアなファンを惹きつける、プロダクトの魅力にもそのまま現れている。全く気取らず気さく振る舞ってくれる早川氏から、その人柄の良さが垣間見えた時間だった。

描いたビジョンにまっすぐ走る、「背伸びしない哲学」を早川氏は学ばせてくれる。

こちらの記事は2022年05月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

大久保 崇

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