“VCの頂点”を目指すANRIが、「人間」を重視する理由。ファンド経営の展望を、佐俣アンリ氏に聞く

インタビュイー
佐俣 アンリ
  • ANRI General Partner 

1984年生まれ。 慶應義塾大学経済学部卒業後、リクルートに入社。モバイルコンテンツ・ソーシャルゲームの新規事業立ち上げに携わる。キャピタルとして30社に投資実行し、事業立ち上げを行っている。2012年、ANRI設立。主な投資支援先はRaksul、Coiney、CrowdWorks、MERY、UUUM、schoo、mamari、SmartDrive。

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“世界のトップ”を目指す──。本記事の執筆にあたり行った取材で、ANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏がしきりに口にしていた言葉だ。

国内では最大規模となる約100億円のシードファンドを運営するANRIは今後、「レイターまで投資ステージを広げ、長期に渡る起業家支援」を志向する。そのために、ファンドの経営体制を刷新し、VCの組織化に注力するフェーズに移行した。

なぜ今ファンドの経営に注力し、どのような取り組みを行っていくのか。そして、VCの頂点を目指す先に、どのような世界観を描いているのか。佐俣氏にインタビューし、その全容を伺った。

  • TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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ベンチャーキャピタルの「経営」を強化し、トップを狙う

2019年6月、独立系ベンチャーキャピタル「ANRI」は、インキュベーション施設「Good Morning Building by anri」(以下、GMB) を渋谷に正式にオープンした。同月、元伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(以下、ITV)の河野純一郎氏もANRIへとジョインを発表。ベンチャーキャピタルとして新たな展開を迎えたと見られるANRIが、業界の注目を集めた。

河野氏をANRIに誘ったのは「ベンチャーキャピタルの頂点を目指すと決めたから」だと佐俣氏は語る。

佐俣僕と鮫島(昌弘氏、ANRIパートナー)でANRIの未来を考えていたときに、日本のベンチャーキャピタルの頂点を目指す構想が生まれました。どのような人と組めばこの目的を達成できるのかを考えたとき、河野さんが思い浮かびました。本当に難しいテーマだからこそ、日本のトップキャピタリストである河野さんをお誘いしても失礼じゃないなと思えたんです。

河野氏のジョインによって、ANRIは佐俣氏、鮫島氏を含めたパートナーが3名の体制となった。3名は投資活動だけでなく、ANRIの「経営」にコミットする。

ANRI代表パートナー 佐俣アンリ氏

佐俣河野さんは圧倒的な投資経験と実績があり、日本に数百人いるキャピタリストのなかで間違いなくトップ10に入る実力を持つ方です。ANRIでは、投資家として活躍してもらうのはもちろん、ベンチャーキャピタルファームの経営者としての組織づくりに期待しています。

鮫島は、技術系の会社をゼロから立ち上げるのが得意で、これまでの日本では確立されきっていない投資を行っています。僕たちのファンドがこれから本当にやっていきたいことを象徴している人間で、彼には未来のことを考え抜いてほしいです。

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個人発VCの成長が、業界変化を起こす

ANRIがVCとして頂点を目指すと決めた背景には、佐俣氏がもともと持っていた思想がある。

佐俣日本のVCは、金融系の企業からスタートしている組織が多く、個人が責任を負い、それに対するインセンティブが与えられる設計になりづらいんです。 一方、アメリカやイスラエルのVCは、個人のベンチャーキャピタリストがゼロから組織を立ち上げて成長していった歴史がある。日本にも個人発のVCがもっとあるべきだ。そう考えて、Skyland Venturesの木下慶彦や、TLMの木暮圭佑をはじめ、複数人のベンチャーキャピタリストに独立を促してきました。

個人発のVCが生まれ、組織として成長していけば、ベンチャーキャピタリストのあり方も変わる。「優秀なベンチャーキャピタリストの多くが独立志向になれば、それぞれのVCが人材の流出を防ぐため、独立したキャピタリストに比するようなインセンティブをつくろうと変わっていくはず」という思想のもと、佐俣氏はベンチャーキャピタリストの独立推進活動を行ってきた。

佐俣氏はもともと、河野氏をANRIに勧誘する以前は「ITVにも恩はあるけど、あなたみたいな人が独立していかないと、VC産業が次のフェーズに進めない」と独立を勧めていたという。

日本のVCは、大きなリスクを負った人間が適切なリターンを得られるような設計になっていない。佐俣氏は「ベンチャーキャピタリストが適切なリスクをとって活躍できたとき、適切なリターンを得るべき」だと強調する。

独立系VCの数は数年前と比較して格段に増えた。日本のVC業界が盛り上がっていくためには、組織として成長していく存在が必要になる。

そして、ANRIは組織としての成長を果たすために、「楽しく働くこと」を何よりも重視する。そのため、社内のコミュニケーションは役職にかかわらずフラットであり、それは投資先のスタートアップに対しても同様だ。

近年、VCがHRや広報の専任者を採用する動きがある。しかしANRIは、専任スタッフは採用せず、外部パートナーとして協力してもらう方針だという。

佐俣前提として、僕たちの会社と一緒に歩んでいくことで、自分が目指したい姿になれるビジョンが明確にある人たちにだけ、入社してもらっています。仮にHRや広報の専任者に入社してもらったとしても、僕たちのケイパビリティの観点から、彼らが望むプロフェッショナルとしてのキャリアを築かせてあげる自信がまだないんです。

しかし、HRの領域から法務職まで、「コアパートナー」はたくさんいます。もしかしたら、外部のパートナーの方たちに仕事をお願いするほうが、大きなコストがかかっているのかもしれません。それでも、ものすごく近い距離で働けるパートナーに、さまざまな分野で手伝ってもらうほうが、今の僕たちに合っていると思います。

VCの組織化アプローチも様々だ。ANRIのやり方の背景には、佐俣氏の「プロフェッショナルとしての楽しさを捻じ曲げてまで、ANRIに引き込みたくない」というポリシーがある。

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“頂点”を目指すとしても変わらないANRIの投資方針

2年前に60億円規模の3号ファンドを設立した際には、「ミドル、レイターステージの投資よりも、あくまでシードに特化する」と説明していた佐俣氏。レイターまでの支援を行っていく体制へ変化した背景には、「スタートアップ・エコシステムの拡大に伴い、自分たちも進化していかなければいけない」という強い意志がある。

佐俣僕たちは、起業家の挑戦を応援したい。であれば、起業家の夢がエコシステムとともに大きくなっていくとき、その夢をサポートできるよう変化していかなければいけません。現状の日本のエコシステムは、50〜100億円の大型調達も普通に起こるようになってきました。起業家の挑戦する環境が変化しているのだから、起業家を支援する僕たちが変化するのも、当たり前だと思います。

そして、僕たちが進化しているからこそ、周りの起業家たちも挑戦する際に僕たちに声をかけてくれる。ミラティブの赤川(ミラティブ代表取締役・赤川隼一氏)やアルのけんすう(アル代表取締役・古川健介氏)も長い付き合いですが、彼らが挑戦するときに僕たちがずっと昔のままだったら、友達として相談はしてくれても、ファンドとして相談はしてくれなかったと思うんです。

起業家よりも挑戦している状態でないと、起業家からリスペクトされない。安定の道は絶対に選ばず、常にギリギリの挑戦を続けてきたからこそ、起業家の気持ちが理解できる──。「昔のインタビューが黒歴史に思えるくらい大胆に変化し、進化している背中を起業家に見せられる存在になりたい」と佐俣氏は意気込む。

一方で、ANRIの投資方針はこれまでと変わらない。ANRIでは「どういった成長が望めるビジネスか」という観点よりも、「自分たちが応援したい会社かどうか」を重視し、投資を行っている。それは、一人ひとりのメンバーが大きな責任を負ったうえで、それぞれが最もやりたい仕事をやっている自負を持ち、仕事を楽しむことを大切にしているからだ。

「起業家は人間だし、責任を持って彼ら彼女らを応援するベンチャーキャピタリストも人間。人々の意志を尊重することこそが大切」だと佐俣氏は話す。

佐俣皆が独立できる能力を持っているにもかかわらず、ANRIにいた方がより大きな挑戦ができて、その分、より良いリターンが得られる状態を目指しています。大前提として、ものすごく優秀な人しか入れないVCでありたいし、メンバーに求める能力水準はかなり高いです。ただし、入ったあとは和気藹々としています。まるでサークルのように、一人ひとりが最もやりたいことに楽しく挑戦できる環境をつくりたいんです。

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「人間」として起業家に寄り添い、インキュベーションする

ANRIは「人間」としての営みを重視して仕事をしており、投資方針としても「人間」を視ることを大切にしている。その価値観のもと運営されるのが、GMB(Good Morning Building by anri)だ。

GMBにはANRIの投資先企業や起業準備中のプロジェクトチームなど、約20社が入居している。コワーキングスペースの提供や、入居者向けのイベント開催、併設されたカフェ「アンペア」でのコーヒーの無料提供など、さまざまな形で入居者の支援を行う。

ANRIはGMBのビルを、丸ごと一棟借りている。その背景には、インキュベーションを行ううえで避けられないとある問題を解決する意図がある。

佐俣インキュベーション施設の運営は、どうしても建物のオーナーと揉めやすいんです。スタートアップは夜中まで仕事をしていたり、急に人数が増えたりと、オーナーからすれば喜んで受け入れたい存在とは言えない。

一方、大手ディベロッパーと組んでも、2〜3年の期間限定になってしまうことが大半で、長期的な視点でスタートアップのエコシステムの拠点になっていくことは難しい。そこで、「自分が大家になってしまえば良い」と考えたんです。

ANRIのメンバーもGMBに入居し、人数の少ない創業期のスタートアップと同じフロアを利用している。VCを経営するうえでのGMBの利点について佐俣氏は、「若い投資先企業と一緒にいることで、自分たちの原点を忘れずにいられる」と話す。自社メンバーだけでオフィスに閉じこもって仕事をしていると、「だんだんと“金融っぽい組織”になってしまう」のだという。

また、創業期スタートアップゆえの不安定さを支え抜くことも、同居している大きな目的のひとつだ。「体感では4割から5割ほどの企業で、共同創業者が辞めてしまう。そういった、人々の心が揺れる時期を支えたい」と佐俣氏は話す。

本来、金融業者のVCは、セキュリティ面の問題から投資先と同居するのは難しい。一緒に楽しく働くことを重視するからこそ、印鑑や通帳、重要書類などを別の場所に保管したり承認フローを厳重に設計したりすることで、セキュリティレベルを極端に上げなくても良いよう、工夫しているのだ。

佐俣GMBでは、メンバーが3人までのときは共通フロアにいてもらい、4人を超えてからは個室のフロアに入ってもらいます。というのも、メンバーが3人だとすると、創業メンバーは基本的に役員が2人いて、もう1人が「最初の社員」のパターンが多い。

役員の2人が外出したりしているときは、残りの1人は「少し前までは大手町の広いオフィスで働いていたのに、なぜこんなワンルームの部屋で、1人で働いているんだろう」といった考えに陥ってしまいがちで、本当に寂しい思いをする。そのように、かわいそうな思いをさせないために、互いのことを理解できる『起業同期』のような存在と出会える機会を提供したい。それに、一緒にいて支えてあげるのが僕たちらしいと思います。

GMBオープンの原点には、佐俣氏が前職のイーストベンチャーズ時代にインキュベーション施設を運営していた際の「成功体験」がある。当時、佐俣氏が運営する施設に入居していたメンバーは後に、フリークアウト、CAMPFIRE、みんなのマーケット、コイニー、AnyPerkを創業、さらに当時のインターン生はHotspringやBASE、コネヒトを創業と、数々の有名企業を輩出している。

つまり、「成功する人の近くにいれば、相互に刺激し合い、成功の再現性を高められるはず」と考えたのだ。

佐俣無理に思える目標でも、達成できる人を目の当たりにすることで、「できるはず」と思えるようになり、それに向けた努力をするようになる。そして結果として、本当にできるようになるんですよ。

僕たちが若かった頃にすごく良かったのは、フリークアウトが凄まじい勢いで成長していき、たった3年半で上場した様子を間近で見ていたこと。「本気でやれば、成功できるよね」と思えるようになったし、成長する会社に共通する空気感みたいなものも掴むことができたんです。

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切磋琢磨し、日本のVC産業を盛り上げる

イーストベンチャーズ時代には、インドネシアやシンガポールなどの国々の企業へも投資を行っていた佐俣氏。現在、あえて日本企業への投資に集中しているのは、佐俣氏自身が日本へ強いアイデンティティを持っており、「世界中のすべての人にとって、日本が何かに挑戦しやすい場所であってほしい」と考えているからだ。

佐俣日本は予断を許さない状態で、国土が広がることはないし、生産人口はどんどん減っていきます。日本経済を成長させるには、日本を「イノベーションが起きやすい国」にしていくことが大切だと僕は考えています。

経済を伸ばすには生産人口を増やさなければいけないし、そのためには海外から移民に来てもらわないといけません。現在は一次産業の領域では移民をよく見かけますが、僕は海外から起業家人材がもっと日本に来てくれる状況になるべきだと思うんです。

その点において、日本は社会保障や安全といった条件が揃っており、実現しやすいと思います。100人を超える起業家を支援してきたなかで思うのは、平穏な家庭がなければ、挑戦するのは難しいということ。子どもを安全に育てられる日本は、誰もが挑戦しやすい土壌が整っていると言えます。

日本でますますイノベーションを起こしていくために、法整備なども含め、僕たちはこの国の次の50年、100年を支えていくための活動に尽力したいです。

ANRIは国内トップファームを目指すことで、日本のVC産業全体に刺激を与え、産業を盛り上げようとしているのだ。そのための課題を佐俣氏に問うと、「孫正義が強すぎて、追いつける気がしない」と、心底悔しそうに話してくれた。

佐俣ソフトバンク・ビジョン・ファンドとの距離は、縮まるどころか、今も広がり続けている。これが、僕たちの最大の課題と言えるかもしれません。孫さんにまったく追いつけないのが、本当に悔しいんですよ。現状ではまだまだ模索中ですが、どうすれば彼に追いついて、追い越していけるのか、真剣に考えています。

そして、孫氏の背中を追うANRIは、また別の若手VCから追われる者でもある。追う者と追われる者がともに切磋琢磨し、それぞれが得意とする“芸風”を開発することで、VC産業が盛り上がっていくことを望んでいるのだ。

「VCが投資先のHRや広報の支援を行うトレンドを生み出したアンドリーセン・ホロウィッツは、今はLibraのコアメンバーとして、新しい通貨を生み出そうとしている。それほどの挑戦を、それぞれのVCが自分たちの得意領域でやっていくべき」と佐俣氏は話す。そして最後に 、“追われる者”としての矜持を語ってくれた。

佐俣若いキャピタリストに聞かれれば、自分たちがやろうとしていることから事業の数字まで、僕は何もかも話します。それは、現時点で競合とみなしてないからです。相手は、同業者にここまで言われると、絶対に悔しいんですよ。けれど、言えることはなるべく全部言います。「僕が何も喋らなくなったら、それは本当に認めたということだからね」と、焚き付けているんです。

僕は孫さんの背中を見ると悔しいけれど、ああやって背中を見せてくれることを本当にリスペクトしていますし、感謝しています。業界全体に追う者と追われる者がいて、足を引っ張り合うのでなく、それぞれが和気藹々と仕事に臨み、日本という国を盛り上げていきたい。そんなことを日々考え、このビルでずっとお茶を飲んでいるんです。

こちらの記事は2019年10月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

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藤田 慎一郎

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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