特別連載SENSE MAKER 変革期のたばこ産業、未来の嗜好品のかたち

プロダクト開発と知財戦略は表裏一体──つい忘れがち、よく知らない「知財のホントの重要性」とは

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インタビュイー
植村 信一郎
  • 日本たばこ産業株式会社 知的財産部 

2004年、半導体製造装置メーカーの製品開発部に入社し、後に知財部に異動。2011年にJTの特許担当に転職。2016年にはJTの海外関連会社の知財部に出向し、3年後JTの知財部に戻る。2020年、JTの知財部で管理職へ。現在は特許第2チームのリーディングを担当し、たばこを加熱するデバイス(PloomSなど)に関する特許業務を務める。

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さまざまな情報が溢れかえる今日、投資家の評価を集める目安として「模倣されにくいビジネスモデル」という考え方がある。起業家・事業家の中にはそんな発想のために時間をかける者もいるだろう。しかし、そもそも「パクられないようにする」そんな戦略が取れるとしたら……?

そんなに突拍子もない話ではない。聞いたことくらいはあるはずだ、「知的財産権」という言葉くらいは。とはいえ「重要なのだろうが、正直よくわからない」という読者が大半なのではないだろうか。

特許や意匠など、企業のアイデアや開発成果を守るのが、知財だ。大手企業は専門部署を用意してこれに取り組む。自社が生み出した技術やブランドを守るだけでなく、資金調達やM&Aの際にも価値を裏付けるものとして効力を発揮するケースも少なくない。

「プロダクト開発と知財権の保護は表裏一体。保護できるタイミングを逃すと取り返しがつかない」そう警鐘を鳴らすのは、日本たばこ産業(以下、JT)の知的財産部・植村信一郎氏。同社はここ数年の間に、紙巻たばこに加えて加熱式たばこへ展開を進めた。加熱式たばこに用いる装置は、知財権との親和性が極めて高いため、取り扱う“電子デバイス”の開発において知財権をますます重要視するようになった。JTが創業以来初めてぶつかったこの大きな課題、いったいどのように組織を変化させ、乗り越えてきたのか。開発メンバーが生み出した技術を守り、努力や投資をムダにしないため、知的財産部はどのように向き合ってきたのかを聞いた。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY YUKI KAMINUMA
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模倣を防ぎ、開発者の知恵をいかに守るか

たばこへの規制強化や人々の健康意識が変わる中で、JTは近年、加熱式たばこ用デバイス『Ploom』をはじめとしたRRP(Reduced-Risk Products:喫煙に伴う健康へのリスクを低減させる可能性のある製品)の開発に尽力してきた。

開発の現場では、新たなアイデアが日々生み出される。それらを他社の模倣から守り、あるいは自社が他社の権利を侵さないためには、知財活動が不可欠になる。知財を巡るトラブルは非常に根深い。近年の例では、ユニクロの「セルフレジ特許訴訟」が挙げられる。

ユニクロの店舗に導入されたセルフレジが特許を侵害しているとして、大阪のスタートアップであるアスタリスクに提訴された。ユニクロのセルフレジは、RFID(radio frequency identification:近距離無線通信を用いた自動認識技術)を用いた読み取り装置が商品のICタグを読み取り、買い物かごをレジのくぼみに置くだけで決済できる。アスタリスクはユニクロがこの仕組みを導入する1カ月前に特許を登録していたのだ。この訴訟は既に1年以上続いているが、未だ決着はついていない。

JTのたばこ事業を知財の観点で守るのが、R&Dグループに設置された知的財産部だ。研究員(開発メンバー)とともに一枚岩で活動し、主に大きく2つの役割を担う。一つは「他社の知財権を侵害していないかを確認する」こと、もう一つは「自分たちの技術を知財権として保護し、模倣を防ぐ」ことだ。

植村私たちは、後発でRRP市場に参入しました。例えばRRPのとある技術に関しては、すでに3,000件以上の特許出願が他社によってなされています。JTが「オリジナルの技術だ」と思っていても、知らずに他社の知財権を使用している可能性があります。そういった状況がもしあれば、開発の最終段階ではなく、なるべく早い段階で対策を取るべきです。なので私たちは、初期段階から開発部門と細かくすり合わせを行っているんです。

「模倣を防ぐ」という点では、特許などの知財権の保護のタイミングも肝となります。知財権の取得は、原則“早いもん勝ち”がルールなので、可能な限り早く出願することが肝要です。しかしながら、あまりに熟していないアイデアですと、権利としての要件を満たさず特許庁の審査を通過することが出来ないことも多々あります。

従って、開発に伴いアイデアの具体化も見極めながら取得の準備を進めることになるわけですが、先の“早いもん勝ち”との天秤になりますので、その見極めが私たちの腕の見せ所となるんです。緊張感で非常にヒリヒリしますね。

日本たばこ産業株式会社 知的財産部 植村信一郎氏

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知財をキーに開いた、エンジニアからの転換キャリア

植村氏は、守り神のような存在だ。彼の強みは、知財の知識だけではない。自身もかつてはエンジニアだったことで培われた「開発者目線」だ。新卒で精密加工機器メーカーに就職し、半導体を製造する装置の開発に携わる中で、知財のうちの「特許」を身近に感じるようになったという。

植村装置の開発を進める中で、知的財産部の人たちは「その設計は他社の権利を侵害しています」「その技術は、特許を出した方が良さそう」などとアドバイスをしてくれたんですね。それまで知財権や特許などを特に意識をすることはなかったのですが、モノづくりと知財は密接に関わっているのだと感じました。

当初は、知的財産部を「よきパートナー」と見ていた植村氏。しかし、徐々にその仕事に心を惹かれていく。

植村当たり前かもしれませんが、特許は基本的に新しい技術に関わります。そのため、会社全体で今開発されている技術をいち早く知ることができるのです。エンジニアだった私は、自分の担当する開発の最前線だけでなく、より広い視野で新しい技術に向き合える点で、知財権に興味を持つようになったんです。

少しでも特許への理解を深めたい。その思いのもと、植村氏は弁理士の勉強を始める。幸いにも、自由に異動を希望できる会社だったため、知的財産部へ願い出て、二度目の挑戦で晴れて異動が決まった。

エンジニアとしての経験も生き、「発明者から1を聞いて、それを2、3と展開して権利を取得していく知財の仕事が新鮮だった」と植村氏は振り返る。新たな技術に真っ先に触れられ、それらを守るために奔走する日々は充実していた。知財の仕事が好きだったからこそ、「幅を広げていきたい」と思うのは必然だった。

植村「知財のインパクトをもっと感じられる仕事がしたい」「グローバルに仕事をしてみたい」という気持ちが芽生え始めたんです。

前職では精密加工装置を扱い、グローバルにビジネスを展開していましたが、知財の仕事は国内向きのものが多かった気がします。十分面白いけれど、キャリアを広げる意味では、他社での挑戦を視野に入れようと。

そこで考えたのが2つの道。より規模の大きな完成された知財部門を有する企業に行き、知的財産部の仕事を徹底的に学ぶ。もしくは、これから知財部門を立ち上げていく企業に行き、その動きに関わっていく。極端な選択肢ではありますが、どちらかに身を置いてこそ、自身が成長できると思ったんです。

ほどなくして出会ったのがJTだった。2011年当時、RRPの開発を水面下で進めていたものの、市場には参入しておらず、紙巻たばこが主流。植村氏は「紙巻たばこと特許は全く結びつかなかった」と振り返る。

植村特許は、新しいアイデアを保護するものです。紙巻たばこは、商品形態に特に大きな変化がないイメージがあったので、特許のインパクトが小さいと思っていたんですね。でも、話を聞いてみると印象は一気に変わりました。JTでは実際に、従来の紙巻たばことは異なる新しい製品の開発も盛んに行われていることを知ったからです。

たばこビジネスが国内にとどまらず、グローバルに展開しているということも知りました。たばこビジネスの大きな変革期に、思いも寄らない技術に出会える可能性と、希望していたグローバルな展開に知財観点から携わるチャンスだと思えたんです。そこで、JTへの入社を決めました。

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雑談レベルから最新技術に触れられる環境づくり

JTに入社後も、いい意味でイメージが覆されていったという。

植村歴史ある大企業ですから、トップダウンのイメージがあったんです。社員は決められたことを粛々とこなしていくといいますか……。

でも、実際には全く違った。「植村くんはどう思う?」など意見を聞いてくれますし、「この場合はどうしたらいいのかな?」と聞いてくれて、私たちのような中途入社の社員の知見を尊重してくれるんです。トップダウンなんてとんでもない。メンバー一人ひとりと議論を重ねて、共にチームを作り上げていく姿勢が強いのだなと感じました。

植村氏が入社したのは、RRPの開発を見越し、JTが知的財産部のメンバーを変革していたタイミングだった。RRPはいわゆる「電子デバイス」であるため、機械・電気・制御系の技術に精通する人財が増えていった。尊重されたのは「自ら新たな組織体制を作る」という姿勢だったことからも、大企業然とした空気は感じられない。

さらに同時期から、スイスのジュネーブにあるJT International(海外たばこ事業を統括するグループ会社、以下JTI)でも知財部門強化が進められた。東京にある本社との間で知財に関する協業が活発化していったのだ。

植村JTIとの協業は日に日に増えていきました。特に、RRPに関連するプロジェクトにおいて、この協業は非常に重要で、普段からコミュニケーションを取りながら進めていました。

そんな中、ジュネーブの知的財産部門に3年間赴任することに。グローバルな視点での知財業務にどっぷりと浸かる機会を得られ、自身の業務の幅は大きく広がりました。その経験は今、東京からグローバルに知財業務に携わる上でも非常に活きていますね。

知財部門の組織構成だけでなく、開発部門と知財部門との関わり方も大きく変わった。

JTでは長らく「紙巻たばこの味」を大切に、確立したプロセスのもと、ウォーターフォール型の開発が行われていた。ところが、現代は健康上のリスク低減や周囲への配慮など、顧客のニーズも目まぐるしく変化している。その上、他社も新たな技術を次々に開発する。ニーズをいち早く汲み取り、反映させていくためにはリーンな開発が欠かせない。

植村RRPの開発スピードは速く、私たちもミーティングに参加して、細かく状況を確認します。また、アイデアを共有しやすいように、本社ではなく墨田区にある開発センターに常駐しているんです。雑談レベルから技術の話を共有してもらうこともあります。

会社全体で力を入れるプロダクトを誰よりも早く知れるのは、知財担当者冥利につきます。特に、面白いアイデアを聞くと、「これはこんなふうに工夫すれば、権利を取得できるはずだ」といった道筋が繋がる瞬間がある。目前のアイデアと、自分の知識が結びつく瞬間ですね。

エンジニアだった頃は、アイデアを考えて実行するまでが仕事でしたが、今は最先端の技術のちょっと“先”まで考えられることが、非常に面白いです。

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スタートアップでも知財の優先度は上げるべき

プロダクトの完成をゴールに据えるのではなく、数歩先を見据える。この姿勢は、JTのみならずスタートアップ起業や新規事業におけるプロダクト開発に共通の課題。特にスタートアップはプロダクト開発やマーケティングへ優先的にリソースを割くあまり、「知財権の取得」の優先順位が下がってしまいがちだ。

植村知財のフォローが手薄になってしまうのは、仕方がないとも思うんです。リターンが見えにくいし、手続きも煩雑。権利を取得したはいいものの、日の目を見ないかもしれません。

ただ、ビジネスが軌道に乗ってきたときにこそ、知財が本当の効力を発揮するのだと思います。プロダクトが売れて、多くの人の目に触れて受け入れられるようになってくると、模倣される可能性が高まります。プロダクトそれ自体や、使われている技術に関する知財権の価値も上がります。しかし、その時に焦って知財権を取得しようと思っても遅いんですね。

私が強く言いたいのは、知財権の取得はタイミングが重要ということ。プロダクトを一度出してしまったら、後から取得することは基本的に不可能です。開発しているプロダクトに対して「成功させる」という意志が大きければ大きいほど、知財権の取得にもリソースを割くべきだと思います。

もう一つ、知財が重要になってくるキーワードとして挙げたのが「日進月歩」だ。技術の進化や移り変わりのスピードが早い業種でこそ、その重要性はおのずと高まる。未知へのチャレンジが至上命題となるスタートアップでこそ、この意識は重要になる。

植村日進月歩で技術が進化する世界が、まさに知財戦争の巻き起こる場所。私たちがやりがいを感じる場所です。日々インプルーブが繰り返されるからこそ、「知財」の持つインパクトが大きくなります。

JTに入社し、熾烈な特許争いが行われているRRPに携わっているからこそ、シビアさを実感したという。だが、競争環境下においても、植村氏は知財を「他社へ権利を積極的に主張するもの」とは捉えていない。確かにそういった「他社の開発を妨げる、攻撃的な面もある」という点は認めつつも、「お互いを尊重するために存在するもの」だと考えているのだ。

植村今後、様々な製品が登場しても、ベースの技術はお互いに使えるように支援し合うのが理想形だと考えています。

というのも、製品を構成する部品や技術が増えると、それに付随する特許も増えていく。部品や技術が増えるほど、他社の特許に触れてしまう確率も上がっていく。すべての特許に抵触しないようにするのは、非常に難しい。知財は、進化のために他社と協調しあえることに一役買うもの。お互いの技術をリスペクトしながら、切磋琢磨し合える関係性を目指せたら嬉しいですね。そうすることで、世の中をより良くしていくための技術をみんなで生み出していくのが、健全な競争だと思います。

こちらの記事は2020年11月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

写真

藤田 慎一郎

編集

上沼 祐樹

KADOKAWA、ミクシィ、朝日新聞などに所属しコンテンツ制作に携わる。複業生活10年目にして大学院入学。立教大学21世紀社会デザイン研究科にて、「スポーツインライフ」を研究中。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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