SPECIAL INTERVIEW

人材の最適配置で、新産業・新しい社会づくりを加速する。

スタートアップ・ベンチャー企業にとって人材採用は最重要課題だ。そんな領域で10年以上に渡り、高い価値を出し拡大し続けてきた稀有な会社がスローガンだ。ベンチャーを「支援する側」の会社でありながら、自らもベンチャーとして事業を拡大する同社の本質に迫ってみた。

スローガン株式会社 代表取締役社長 伊藤 豊
SPECIAL INTERVIEW
読了時間 2017.04.04 Tue

人材の最適配置で、新産業・新しい社会づくりを加速する。

スローガン株式会社 代表取締役社長 伊藤 豊

スタートアップ・ベンチャー企業にとって人材採用は最重要課題だ。そんな領域で10年以上に渡り、高い価値を出し拡大し続けてきた稀有な会社がスローガンだ。ベンチャーを「支援する側」の会社でありながら、自らもベンチャーとして事業を拡大する同社の本質に迫ってみた。

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2017.04.04 Tue
読了時間

prologue

南青山2丁目の外苑の銀杏並木と青山通りの交差点に、スローガン株式会社がある。創業から12年目を迎えるスローガンは、スタートアップという言葉が普及する前である2005年末から事業を開始し、日本におけるスタートアップシーンの拡大とともに、成長を続けてきた。「人を軸にした産業創出エコシステムをつくる」というビジョンのもと、青臭く硬派でちょっと不器用に事業に邁進する集団。そんなスローガンの創業者であり代表取締役社長の伊藤豊に、これまでを振り返ってもらい、今後の展望について語ってもらった。

小さくても良いから社会的意義のあることをやると決めてスタート。

「なぜ起業したのか?」

この質問は何度も聞かれている質問だろうが、嫌な顔ひとつせずに伊藤は話し始めた。

伊藤 「もともと起業なんてするつもりはなかったのですが、たまたま、どうしても解決したいと思った課題が自分の中で明確になったので起業しました。2004年当時、外資系の日本支社で働いていたので、ちょうど日本市場が縮小して日本支社の裁量がどんどんなくなっていき、世界における地位が沈下していったように感じました。それは外資日本支社の話だけではなく、日本全体の縮図じゃないかと思ったんですね。人口減少・少子高齢化でマクロトレンドで下降するのは仕方ないものの、何かしらそこに抗うことができないか?と思い始め、人材の配置問題という仮説にたどり着きました」

人材の配置問題とは何か?

既存の伝統的な大企業に人材が偏っており、新しい産業の担い手となるベンチャー企業や中堅・中小規模の成長企業には人材が集まりにくい。この構造を打破して、組織的には成熟しすぎて、若手の才能を活かしづらい機能不全になりかけている企業から、若手にどんどん仕事が任せられるフィールドのある成長企業に人材を移動させ、社会的に最適な配置を実現できないか?という問いだ。そうすれば、もっとイノベーションが促進され、生産性が高い社会となり、地盤沈下するマクロな流れに抗うことができるのではないか?という仮説がベースになっている。

伊藤 「同じような問題意識で既に取り組んでいる会社がなかったので、自分でやるしかないかなと思いました。そんな経緯で、創業の動機が、青臭い理想主義みたいなものだったので、誰かがつくった会社にお世話になる形でやろうとすると、理念とかいいからまず稼いでくれって言われるのがオチだろうなと思ったというのもあります」

そんな青臭い理念・理想を追い求める形でスタートした伊藤の想いは、その社名でもあるスローガンという言葉にも表れている。「すべては言葉から始まる。言葉にできない未来は実現できない。だからまず一人ひとりがスローガンを持って生きよう」そんな想いが込められた、自己実現およびその集合としての社会実現(こういう社会にしたいという想い)が背景にあるのだ。

伊藤 「だから、儲かることや自分ができそうなことは一回すべて忘れて、とにかく自分自身が本当にやる価値がある、社会にとっても意味のあることをしよう。そう思ったんです。起業するといろんな人からその市場は大きいの?と聞かれるのですが、市場の大きさも無視することにしました。とにかく意義が第一優先。だから規模は二の次で、仮に大きくなれなくても仕方ない。小さくてもいいから意義があることをやろうと思ったんです」

創業から2年間給与ゼロ。3年目も月給10万円。

すごく立地の良い場所に構えるおしゃれな南青山のオフィスからは想像できないが、創業時のスローガンは本当に貧乏で大変なスタートだったと言う。ベンチャー企業の採用を手伝うビジネスをスタートしようと思った伊藤にとっての最初の壁は、営業開拓だった。ベンチャーに知り合いもいなければ、新規開拓の営業もやったことがない。人事や採用の経験もない。まさに無い無い尽くしの状態だ。おまけに当時はシード投資をしてくれるベンチャーキャピタルもほぼ皆無で、なけなしの貯金と親からの借金でつくった自己資本で乗り切らなければならなかった。

結果、創業から2年間給与ゼロ。3年目も月給10万円というあり様だった。28歳で起業したので28から30歳までの3年間の合計所得は120万円という、学生のアルバイトでももっと稼げるだろうという水準だった。

伊藤 「これだけうまくいかないとなると、普通だったら途中でやめていると思います。私の場合はなぜか続けられた。これは自分でも不思議なのですが、絶対に社会にとって必要なことをやろうとしているんだ、という自負もあったのと、あきらめなければ必ず成功する、という言葉を自分に言い聞かせてたから、あきらめずにやり続けられた気がします」

オフィスの目の前に広がる外苑の銀杏並木

どん底を経験した伊藤にとってのターニングポイントは何だったのか?

3年目の途中から上向き始め、4年目以降は順調に事業規模を成長させている。ちなみに、スローガンは昨年のデロイトトーマツ主催の日本テクノロジーFast50(国内成長率ランキング)で37位にランクインしている。同業同種の会社の中ではやはり異色の存在だ。

伊藤 「ターニングポイントは複雑に絡み合っていて一言では言えない気がします。でも、明確に変わったなと思えたのは、やはり後のキーパーソンとなる人材が採用できたタイミングでした。ベンチャーは人が少ないし仕組みやブランドもないので、一人のキーパーソンの活躍が与える影響は本当に大きいんです。まさに自分たちの組織の発展・拡大においても、自分たちの事業・サービスの意義を実感する結果となりました」

スローガンのコーポレートサイトを見ると、特徴的なのはメンバープロフィールがほぼ全社員紹介されていることだ。一方で何をやっている、何を売っている会社かはわかりにくい。まさに、スローガンに集う一人ひとりが価値の源泉であると主張しているかのようだ。

創業11年目にして初めて外部資本を入れる決意をした背景。

ここ最近は、ベンチャー企業、特に新卒採用に力を入れる会社の中で、スローガンという会社を知らない人はいないのでは?と思えるほど、評判と知名度を確立した存在だろう。

独自にユニークな価値提供をしている会社として成功しているように思われることも増えて来たのではないだろうか?

このような指摘や賞賛の類いの言葉には伊藤は否定的だ。

伊藤 「苦しい創業期があったので軌道に乗って正直うれしかったし、仲間も増えて楽しいなと思ったときもあったんですが、ふと冷静に気づいたんです。成功も失敗もしてないじゃないか?って」

掲げているミッション、ビジョンからしたら全く足りないので、成功とはとてもじゃないけど言えない状態であるし、小さな失敗はたくさんしてきたけれど、大きな失敗はしていない。なんだか中途半端な存在になっていないか?と思ったらしいのだ。

時間をかけてでも、遠大なる目標の実現に向けてあきらめずにやり続けよう、そう思っていた部分もあったからかもしれなかった。だが、一人の人物の存在が伊藤を変えた。

エス・エム・エス(東証一部)の創業者である諸藤周平氏だ。1977年生まれで伊藤と同い年である諸藤氏は、25歳で起業し、36歳で自身が創業したエス・エム・エスを引退していた。創業者と言えども、自分より適切な経営者が見つかれば任期を終えるべき、というメッセージのように感じ、衝撃を受けた。自分も永久にスローガンの経営を任せてもらえるわけではないとするならば自分の在任中の限られた時間の中で、可能な限り、インパクトと規模を追求したい。そう思うように変化した。

同時に、スピードをもって高成長していこうとすると、高収益企業にすることも必要であるということに気づき、これまで社会的に良いことをしているんだから、利益もそこそこで良い、黒字であれば良い、と思っていた自分を恥じたという。まさに伊藤の握る経営のギアが入れかわった瞬間だった。

そういった経緯もあり、2016年8月に、諸藤氏がシンガポールで創業したREAPRA Venturesを引受先として1億円の第三者割当増資を行った。創業11年目にして、初めての外部資本注入であった。

ちなみに、REAPRA Venturesはファンド形式のベンチャーキャピタルではなく、投資先の経営にハンズオンもしていく投資会社かつ、自らも事業を立ち上げるスタイルのスタートアップフォーカスのプライベートエクイティのようなユニークな投資会社だ。

社会の公器と呼べるはずの事業だからこそ、パブリックカンパニーを目指す。

外部資本を入れたということは、上場を目指すということだろうか。

伊藤 「もともとは、上場する必要があると思えば考えるし、必要ないとかすべきじゃないと思えばしない、という教科書的な考えを持っていました。しかし、自分たちの事業はとても社会性のある事業だし、ミッション・ビジョンも社会性の高い広がりをもったものなので、これが本当に実現すると特定の個人が所有するプライベートカンパニーである方が違和感だと感じたんです。また自分自身も半永久的にスローガンの社長なのではなく、自分より適切な経営者がいたら社長を譲り、引退すべきだと思えるようになったこともあり、なおさらプライベートカンパニーにすべきじゃないんじゃないと思うようになりました。今はまだまだ未熟ですが、このままやり続ければ、将来的に必ず社会の公器にふさわしい事業グループになるという確信はあります」

敢えて上場という言葉を口にしないのは、上場はパブリックな存在になるための一つの方法に過ぎないと考えているからだ。今よりもパブリックな存在になるという意味では、よりパブリックな存在の外部株主を少しずつ増やしながら、社会的共有物に近づいていく方法もあるのではないか?と言う。

アジアを代表する、人を軸にした新産業創出エコシステムを構成する事業グループに。

社会の公器にふさわしい事業グループとは具体的にどんなイメージを持っているのだろうか。現状、ベンチャー企業×新卒採用というニッチな領域においてはトップブランドを築きつつあるが、ここからどう拡張していくのだろうか?

伊藤 「今まさに創業以来の大変革フェーズに入っていて、経営のギアを一段も二段も変えて変革を推進しています。まさに会社改造ですね。改造のポイントは、既存事業の高収益化と高成長の実現。そして、周辺領域への新規事業を量産していくこと」

高収益化と言うと、テクノロジーを活用するということだろうか?スローガンのビジネスはよくも悪くもどうしても労働集約的になりやすいのではないだろうか。

伊藤 「勿論、テクノロジーの活用は重要です。スローガンでは社員全体の2割近くはエンジニア・デザイナーですし、内製できる体制にしています。テクノロジーには引き続き投資していきます。ただ、高収益化を目指す上では、既存の人材紹介ビジネスやメディアのビジネスでも、高い価値提供を効率的に行う事業設計にすることで十分可能だと思っています」

周辺領域への新規事業の方はどうか。ここで言う、周辺領域とは、人材ビジネス・求人領域に限らずということだそうだ。10年後には求人領域以外で事業全体の半分を構成するようなビジョンを設定しているそうだ。

たしかに近年スローガンは、新しい領域への進出を活発に行っているように見える。2015年にはスローガン・コアントLLPというシード投資に特化したベンチャーキャピタルを設立し、既に20社以上に投資をおこなっている。

2016年には転職領域に特化したスローガンアドバイザリーを設立し、代表にはインテリジェンス、アトラエを経て独立して人材紹介会社を経営していた志村麻美氏を迎えている。また、クラウドペイメントの管理部長だった井口雄太氏のブレンディッドもスローガングループ入りし、フリーランス人材を活用した新規事業開発支援などのサービスを展開し始めている。

既存の新卒採用領域でも、モバイルファクトリーを経て、アッションの執行役員だった西川ジョニー雄介氏がジョインして立ち上げたFactLogicという新規メディアも順調に育っているという。

伊藤 「まだ全体で社員60名規模と小さい規模なのですが、グループ経営というコンセプトを導入しました。事業セグメントごとに事業体を分けて、事業責任者に経営人材として裁量を持って経営してもらう。事業単位でも小さい部門ごとに責任者をおいてP/L責任まで見てもらう体制に移行しつつあります。そうすることでグループ全体で経営人材を多く生み出していきたいと思います。新産業を創出し続けるとミッションでうたっている会社なので、支援先であるクライアント企業だけでなく、自分たち自身も常に事業を創出し続け、経営できる人材の集団でありたいと思っています。20年ぐらいかけて、アジアを代表する、人を軸にした産業創出エコシステムを構成する事業グループになるという目標に向けて、自律的に有機的に成長していくグループを実現します」

こんなにユニークでまっすぐに社会に向かってる会社は他にどれだけあるだろうか。スローガンはもっと注目されても良い会社じゃないかとも思うが、自称アピール下手と言うが、本気で目立とうと思っていないだけかもしれない。とにかく結果で示すという気概がベースにあるに違いない。

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