Google・Amazonへの採用対抗策?
米国ヘッジファンドが挑む、データ人材育成の無料大学
デジタル化が進むにともない日々大量にデータが生まれている。しかし、こうしたデータを活用して、事業のパフォーマンス改善につなげられている企業は少ないのではないだろうか。
なぜなら大量のデータを分析し、そこから意思決定の助けとなるヒントを抽出できる高度なスキルを持つデータサイエンス分野の人材が世界規模で不足しており、日本も例外ではないからだ。
マッキンゼーによると、米国では20万人近い規模でデータ分野の人材が不足している。日本でもデータ分析スキルを持つ大学卒業生の数は減少傾向にあるという。
一方で、日々生まれる大量のデータを活用したいと考える企業は増えており、スキルギャップの問題は年々深刻になっている状況だ。
この状況を打開するためにはどのような取り組みが求められるのか。今回は世界の最新事例から、金融業界におけるデータ人材育成の新たな潮流についてお伝えしたい。
- TEXT BY GEN HOSOYA
スキルギャップ問題の深刻化、数万人規模のリストラと人材不足
この数年、世界中の金融業界で大規模なリストラが敢行されているのは周知のことだろう。
たとえば、ドイツ銀行は2015年に2万6000人削減する計画を発表。英スタンダード・チャータードも4000人規模の削減を行ったと報じられている。日本でもみずほフィナンシャルグループが2026年までに1万9000人を、三菱UFJ銀行が2023年までに6000人を削減する計画を明らかにしている。
このような大規模なリストラが敢行される一方で、金融会社が採用を増やしている職種がある。それがデータサイエンスやソフトウェア開発などデジタルテクノロジー分野の人材だ。
たとえば、ナショナル・オーストラリア銀行(NAB)は2017年末までに約600人のテクノロジー人材を雇用する計画を発表。もともとアウトソーシングや下請けで対応していたテクノロジー部門を正社員で強化することが狙いとされる。
しかし冒頭で述べたように、特にデータサイエンス分野の人材は供給不足状態にあり、求めるスキルを持つ人材を探すのに苦労をしているようだ。米国では、グーグル、アップル、フェイスブックなどのテクノロジー企業とヘッジファンドや銀行など金融企業の間でテクノロジー人材の争奪戦が起きているといわれている。
ヘッジファンドのTwo Sigmaは2015年、当時グーグルのCTOだったアルフレッド・スペクター氏を引き抜いたことで注目を集めた。また、ヘッジファンドのCitadelもマイクロソフトから人工知能の専門家リ・デン氏を引き抜いている。
一方、先端テクノロジー分野のシニア人材は人数が限られており、コストが非常に高い。特定人材への依存性が非常に高くなるだけでなく、事業の持続可能性を損なってしまうリスクをともなう。
このように金融業界では、テクノロジー/データ分野の人材需要が急速に高まっているが、供給が追いついていないという不均衡状態がしばらく続いているのだ。
米国の人材会社CareerBuilderの調査によると、米国では求人を出しても求める人材が見つからず12カ月以上その求人枠が埋まらないという企業の割合が60%近くに上ることが明らかになっている。
スキルギャップが原因で求める人材を雇用できない場合、企業は1年で平均80万ドル(約8500万円)の損失を被る可能性も指摘されており、解決が急務の問題となっている。
無料オンライン大学で「教育の民主化」を進めるヘッジファンドマネジャー
需要が減ることは考えづらく、この不均衡を打開するには供給を増やすしかないといえる。
しかし、金融とデータサイエンスの知識/スキルを持つ若い人材の育成は、大きく2つの障壁がありなかなか進んでいない。1つは、そのようなプログラムを提供する高等教育機関が限られていること、もう1つは学費の問題だ。
この問題を解決すべく開設されたのが金融とデータサイエンスの知識/スキルを持つ人材育成に特化した「WorldQuant Univeristy(ワールドクオント大学)」だ。
ワールドクオント大学は、運用資産額360億ドル(3兆8000億円)の投資会社Millennium Managementを母体とするヘッジファンド、WorldQunantの創業者イゴール・トゥルキンスキー氏が2015年に開校したオンライン大学。
これまでに米国だけでなく、中国、ハンガリー、インド、ケニア、ナイジェリア、ロシア、ベトナムなど世界40カ国以上から800人を超える学生が参加している。
ワールドクオント大学では金融工学の修士号を取得できる。通常、金融工学修士を取得しようとすると、数万ドル(数百万)の学費は覚悟しなければならないが、ワールドクオント大学の学費はなんと無料だ。
トゥルキンスキー氏のヘッジファンドはデータを駆使した資産運用を行っているが、上記で述べたように、データ分析技術に長けた金融人材が非常に少ないことに危機感を覚え、この大学を開校した。また、物理的な制約と資金的な制約が若い人材の育成を妨げていると考え、「教育の民主化」を促進すべく無料オンラインというスタイルを選んだようだ。
入学には大学学部卒または、同等の高等教育機関での教育を修了していることが条件とされる。
修士プログラムでは、経済学、金融市場やリスクマネジメントだけでなく、統計、プログラミング、アルゴリズム作成、機械学習も学んでいく。
大学卒業後に就職が約束されているわけではないが、現場で活躍する現役ヘッジファンドマネジャーがまさに必要であると考える知識/スキルを学ぶことになるので、スキルギャップが縮まることは間違いないはずだ。
2016年には米国の主要教育メディアEducation Diveの「スタートアップ・オブ・ザ・イヤー」に選ばれており、金融業界だけでなく教育業界からも注目を集めていることが分かる。
これまで企業が人材を採用する上で、求職者がどの大学を出て、どのような学位を取得したのかということが重要視されてきたようだが、スキルギャップが拡大するいま、大学や学位ではなく、人材のリアルな知識/スキルを重要視する流れが強くなっているといわれている。
そのため企業のニーズを的確に満たす学習プログラムを提供しているワールド・クオント大学のような「オンライン大学」やUdacityのような「オンラインコース」の認知も高まっているようだ。
今後も「教育の民主化」は着実に進んでいくと思われる。スキルギャップの問題がいつ収束するのかは分からないが、いまも世界のどこかで高度スキル人材が誕生しているのは間違いない。
オンライン教育では年齢に関係なく学習することができるので、人工知能やサイバーセキュリティー分野で10代の優秀人材が誕生しているのも事実だ。金融業界を含め人材育成の変革がどのように展開していくのか、これからも注目していきたい。
こちらの記事は2018年05月03日に公開しており、
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シンガポール在住ライター。主にアジア、中東地域のテック動向をウォッチ。仮想通貨、ドローン、金融工学、機械学習など実践を通じて知識・スキルを吸収中。
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