連載私がやめた3カ条

あの時、資金調達ニュースから目を背けた──Relic北嶋貴朗の「やめ3」

インタビュイー
北嶋 貴朗
  • 株式会社Relic 代表取締役CEO 

慶應義塾大学を卒業後、組織/人事系コンサルティングファーム、新規事業に特化した経営コンサルティングファームにて多くの企業の組織戦略や新規事業開発を支援した後、DeNAにて新規事業開発の責任者として複数の事業創造を担う。2015年に株式会社Relicを創業し、代表取締役CEOに就任。企業の新規事業創出プログラムやアクセラレーションプログラム等でのアドバイザー/メンター/審査員としての活動や、新規事業開発/イノベーション創出に関連する執筆・寄稿や講演実績等も多数。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、挑戦者と共創するインフラとなり、大志と大義ある1,000の事業と事業家の創出を目指す株式会社Relicホールディングス 代表取締役CEO、北嶋貴朗氏だ。

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北嶋氏とは?──“ゼロイチ”創出のエキスパート

こちらの記事にもある通り、新規事業開発・イノベーション創出分野で唯一無二の存在感を放っている北嶋氏。大学を卒業後、急成長ベンチャーとして注目されていた人事系コンサルティング企業で新規営業や事業開発に従事した。その後はコンサルティングファームを経て、株式会社ディー・エヌ・エーで主にEC領域を中心とした新規事業開発の責任者を担った。

株式会社Relicを創業したのは2015年。展開するのは、新規事業開発支援に特化したSaaSを提供する「インキュベーションテック」、新規事業開発を一気通貫で支援する「事業プロデュース」、投資やJV、協業を通じて事業を共創する「オープンイノベーション」の3事業だ。戦略の立案から事業の立ち上げ、グロースフェーズまで、一気通貫のトータルソリューションを提供している点で、他の追随を許さない地位を確立している。

Relicとして有望なベンチャー・スタートアップ企業への出資・経営支援も手掛けながら、2021年9月にはRelicホールディングスを設立し、持株会社体制へと移行。ホールディングス配下の新会社第1弾として、2022年1月には国内最大のクラウドファンディング事業者であるCAMPFIREとのJVである「CAMPFIRE ENjiNE」を設立するなど勢力的に事業を拡大・展開している。2021年9月には著書「イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント ――不確実性をコントロールする戦略・組織・実行」を出版するなど、多方面で活躍中だ。 そんな華やかな実績を持つ北嶋氏だが、その裏にはいくつものハードシングスがあった。これまで一体何をやめてきたのか?北嶋氏の軌跡に迫りたい。

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一点集中をやめた

特定の領域で事業をグロースさせることは、スタートアップ企業の成長過程で必要不可欠といっても過言ではない。北嶋氏もそう考えていたが、新卒で入社した企業で思考が変わるきっかけに遭遇する。

入社したのは当時急成長ベンチャーと注目されていた人事系コンサルティング企業だった。だがリーマンショックで業績が急転した。新規営業と並行して新規事業開発に奔走したが、結果として北嶋氏を含む多くの若手が休業を余儀なくされ、最終的に会社は民事再生にいたった。

「もともと起業家志向のカルチャーに惹かれて入社した」と話す北嶋氏。この出来事をきっかけに、将来的に作りたい企業の在り方も確かなものになってきた。それは、特定の分野に依存しないビジネスを作ることだ。

北嶋以前は、現在で言うところの所謂スタートアップのように、特定の事業・プロダクトに一点集中して急成長を実現することだけが正だと考えていた部分があったと思います。

でもリーマンショックを経験し、実際にこれまで主力として会社を支えていた事業が一気に傾いて崩壊していく渦中にいたことで、将来いつ何が起こるかなんて100%の確率で予測することは誰にも出来ないし、どんなに今は順調な事業でも、いつどうなるかわからない、というのを一般論や他人事ではなく、強烈な実感を伴って気付きましたしたね。

またいつかリーマンショックのような急激な外部環境の変化や市況の悪化に直面するかもしれないと常に危機意識を持つようになり、時流に乗って特定の事業だけで伸びていく会社というより、様々なゼロイチ・事業開発を分散して行い、ポートフォリオを構築したり組み替えたりすることで、領域を限定せずに様々な意義ある事業創造を繰り返しながら、人を雇用し、組織も成長・変化させながら半永久的に伸び続ける会社を作りたいと考えるようになりました。

今回のコロナも予測できていたわけではありませんが、そのような事態を想定しながらポートフォリオを意識して経営してきたおかげで、コロナの影響を受けず、むしろ追い風にして会社を急成長させられている側面もあるかと思います。

当時のこの出来事が新事業創出へのこだわりの礎となっている。

北嶋新規事業を作るのって容易いことではないなと実感しました。いろいろ試行錯誤しましたが、会社の危機を救えるほどの成功に至ることはできませんでしたから。だからこそ、自分にもっとその能力があれば会社の危機を救えたのかなと思いましたし、ゼロイチを成功させる力をもっと磨きたいという思いは強くなりました。

ここで得た一点集中のビジネスに頼らない思考や、新規事業開発・イノベーション創出へのこだわりは、Relic創業にもつながっている。

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上場を目指すのをやめた

ビジネスの成長に資金調達は不可欠だ。スタートアップでもそうでなくても、いつどのような手段でキャッシュを調達するかに頭を抱える経営者は多いだろう。そんな中、Relicは上場などのEXITを前提としたエクイティ・ファイナンスを実施していないにもかかわらず、好調に事業をスケールさせている。このような手段を講じる理由は、北嶋氏の原体験にヒントがありそうだ。

北嶋氏は創業前に上場企業・非上場企業両方を経験していた。創業前の経験をこのように振り返る。

北嶋上場企業の場合、どうしても株主や投資家の方を向いて経営しなければならず、短期的な業績や株価を気にしながら、合理的に説明責任を果たせる計画や意思決定しか実施しづらく、またその意思決定にも様々な調整や制約がありとにかく時間やコストがかかることを痛感しました。

コングロマリット・ディスカウントの観点も含め、選択と集中により、マーケットから評価されやすい、株価が上がるような事業に自ずと収斂していかざるを得ません。けどRelicでやりたかったのは、あらゆる産業や領域で、様々な企業とその強みを生かして多様なイノベーション、多様なゼロイチを自由に、スピーディに共創していくこと。

つまり、不確実性の高い事業への挑戦の連続であり、集合体なんです。そう考えたときに、Relicの経営は仮に上場企業並の急成長を実現できたとしても、上場しないほうが良いモデルなのではないかという結論に至りました。

創業したての頃に投資家にお会いする機会が何度かありましたが、Relicとしてのビジョンや事業構想の説明をしても案の定、なかなか理解してもらえませんでしたし、金融業の論理で見ると魅力的な存在ではなかったのだと思います。さらには資金調達していないとスタートアップとして認識されないような風潮もありましたし、非常に意義がある面白い事業をやっている自負があっても、わかりにくい事業のためメディアなどにも当初はほとんど見向きもされませんでした。

時価総額や調達金額以外の観点での事業の価値や進捗を客観的に評価したり、認識してもらえる場がなかったので、自分たちが進もうとしている道が正しいのか。悩んだ時期がありましたね。

苦悩の末に北嶋氏は出した結論は、EXITを前提としたエクイティ・ファイナンスをしない、すなわちあえて上場を目指さないという選択だった。「様々な仕掛けが軌道に乗って成果が出たり、Relicの価値を認識していただけるようになるまでは資金的にも暫く苦しい時期が続きました。当時は周囲の様々な情報がノイズになりブレてしまいそうだったので、暫くは他社の調達系のニュースなどのスタートアップ関連メディアは見ないようにしていました」と笑う北嶋氏だが、それほど背水の陣と呼べるような時期があったのだ。一方で、得たものは大きかった。

北嶋事業や組織がビジョンや顧客に対して本当に真っ直ぐに育っています。合理的に説明がつかない部分があってもビジョンやwillに基づいて挑戦することが当たり前の風土ができましたし、ビジョンと事業戦略、組織戦略に一貫性が出て良い経営が出来ていると思います。

“大志ある挑戦を創造し、日本から世界へ 想いを持った挑戦者と共に走り、共に創る”。 これがRelicの掲げるビジョンだ。新規事業開発を推進するビジョンドリブンな風土は、資金調達の意思決定にも紐づいていたのだ。

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現場介入するプレイングマネージャーをやめた

スタートアップパーソンならスピード感のある意思決定は誰もが意識することだろう。だが、時にはそのマインドセットに囚われない方が上手くいく場合もあるのかもしれない。北嶋氏はこのように語っている。

北嶋この会社を作ったのは、渋沢栄一のように世の中に大義ある事業を1,000以上生み出すためのインフラを実現し、1,000のイノベーター・事業家を輩出したいからなんです。そう考えた時に、自分が特定のプロダクトやプロジェクトに介入しすぎず、思い切ってメンバーに任せて経営やマネジメントに集中したほうが良いと考えました。最初は自分がやったほうが早いし上手くいくと思うことだらけで我慢するのが大変な事もありましたけど、そういった感情を飼いならすようにしましたね。

半年や1年ほどするとプロダクトオーナーやプロジェクトリーダーを任せたメンバーが見違えるように成長して、オーナーシップとスピード感を持ってあらゆる取り組みが横断的に加速していきましたので、あのタイミングで自分が一歩引いて良かったと思っています。

方針転換を決めてからは、重要な意思決定に関する相談や議論、予算の承認のみに関わり、大部分の裁量や権限を移譲し、メンバーに任せるようになった。トップが現場に介入することによるスピード感や求心力を発揮することも一定のフェーズでは必要だが、あえてそのマインドを捨てたことが中途入社メンバーと、新卒入社メンバーの成長、ひいては組織の成長に功を奏したのだ。

創業以降、北嶋氏のいくつもの意思決定を後押ししたのは「メンバーやビジョンに真っ直ぐ向き合っていきたい」という想いだったという。株式資本市場からも距離を置き、ビジョンをこれほど純粋に追い続けるのは決して簡単なことではない。そんなRelicだからこそ、想いある事業を生み続けられる事業家人材が育つのかもしれない。

こちらの記事は2022年03月04日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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