スタートアップ特化の会計士が語る、
はじめてのファイナンスに必要な起業家のマインドセット
スタートアップの今後を決める、ファイナンス。
正攻法があるわけでもなければハウツーがあるわけでもない。事業モデル、企業体、スケール等々…企業ごとに異なる要素の掛け合わせで、最適な資金調達は変わってくる。
何十億円もの調達ニュースが華々しく流れる一方で、起業家は自社の状況を省みつつ、先輩起業家や既存株主などの知恵を借り、最適解を都度導き出しているはずだ。
ただ、はじめての調達となると、なかなか最適な方法論を知ることも難しい。周辺から集められる情報も限られるだろう。連続起業家ならまだしも、ほとんどの起業家は、人生で初めて資金を調達することになる。
最適解は知り得ないとしても、そのとっかかりになる情報はあるはずだ。そこで、スタートアップに特化して200社以上の顧問先を持つ『ケップル会計事務所』代表の神先孝裕氏にインタビューを実施。急成長するスタートアップを支える神先氏が考える、今だからこそ考えるべき「はじめての資金調達のあり方」を伺った。
- TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
スタートアップもVCも「起業しやすい時代」になった
神先氏がケップル会計事務所を設立したのは2013年のことだった。設立直後に出会ったSkyland Venturesパートナーの木下慶彦氏に影響を受け、以来スタートアップに特化した会計事務所として5年間にわたり数多くのスタートアップを会計面から支援してきた。
その5年間でスタートアップは数を増やし、支援する仕組みも多く登場した。一方でスタートアップに流れる資金も増加。調達金額は右肩上がりで、VCやCVCといった投資側もその数を増やしている。スタートアップシーンを取り巻くお金に関する状況を、神先氏は次のように分析する。
神先ここ5年ほどで、日本は圧倒的に起業しやすい環境になりました。特に大きい変化は創業フェーズ、シード期の資金調達ハードルが下がったことです。起業における最初の一歩が踏み出しやすくなりました。
スタートアップは増えている。しかし、その成功確率が上がっているわけではないことを神先氏は付け加えた。ここ数年の調達額の高騰は、この成功確率も関係しているという。
神先ただ、その中から事業を推し進められるスタートアップは限られます。シリーズAやシリーズB以降にいける事業計画や事業進捗を作れるところは少ない。裾野が広がるシード期は起業家と投資家がバランス良く増えていますが、レイター以降は投資先がまだまだ足りていない。結果、投資額の高騰を生んでいると思います。
市場に流れる資金が増えることは、資金を提供する側のVCにも影響を与える。
神先ここ1〜2年で独立系VCが大幅に増加しました。以前は独立系の数も少なく、特に若手は本当にごく一部。それがVCがVCに投資するFund of Funds(FoF)も増え、若手でも実力があれば資金を集め、VCを立ち上げられるようになりました。結果、VC側も起業の時代になっているように思います。
ボードメンバーと株主は、事業をともに成長させるコミュニティ
流通する資金が増え、起業家もVCも挑戦しやすくなった。
この変化自体はとてもポジティブなものだと神先氏は語る。実際、神先氏の周りでは起業してから調達するのではなく、先に出資してくれる人と出会い、資金の不安を払拭した上で起業へ踏み切るケースも増えているという。
ただ、挑戦しやすい状況を歓迎する一方で、すぐに資金提供する人を見つけやすいからこそ「気にすべきこともある」と神先氏は考える。
神先投資家と起業家には相性がありますから、“だれに出資してもらうか”は真剣に向き合わなければいけません。もちろん、まだプロダクトがないような段階で投資話が出ることはとてもありがたいですから、受けたくなるでしょう。ただ出資を受けることは運命をともにすることです。その人と同じ船に乗りたいか、その人のために頑張りたいと思えるかは真摯に考えなければいけません。
神先氏は会計事務所の代表を務める傍ら、株式会社ケップルを立ち上げ、VCのためのポートフォリオ管理ツール『FUND BOARD』を開発する起業家の顔も持つ。2018年4月には3,000万円の資金調達も行っており、自身も株主との関係の重要性を身をもって理解している。
会社としてお金を調達したいから、という意思決定だけでなく、人対人の関係でともに成長を描きたいと思える人にお金を出してもらうことが大切になる。
神先会社を運営するにあたり、ボードメンバーと株主は事業を一緒に伸ばしていこうという運命共同体であり、コミュニティなんです。そのコミュニティ運営は事業を成長させる上でも、方向性を決める上でも重要になります。また新しい人を入れる場合、そのコミュニティに合う人たちを招き入れなければいけません。
初回で出資してくれた人は既存株主になりますから、2回目以降の資金調達でも共に立ち向かう必要が出てきます。今の投資環境だからこそ、お金だけではない軸で投資家を見定めることが必要でしょう。
コミュニティに入り、相性の良い人を探す努力を
神先氏の指摘する「投資家との相性」は重要だ。とはいえ、自分にマッチする投資家を探すのは簡単ではない。
特にはじめての場合、どこへいけばどのような投資家がいるか、その全容を把握するのは難しい。加えて、それぞれの投資家の特性や人格も知らなければならない。神先氏はそれも承知した上で、以下のようにアドバイスをくれた。
神先インターネット業界でいえば、TwitterやFacebookをやっていない投資家はほぼいないですから、SNSを窓口にまずは繋がるのが一番だと思います。タイムラインを通して相手のことも知れますし、シード期の投資家であれば基本的に門戸を開いているので、DM等で連絡もできる。誠意をもって相談すれば、ちゃんと会ってくれる人ばかりだと思います。
もし投資家にいきなりコンタクトすることに気が引けるのであれば、インキュベーターでも先輩起業家でもいい。神先氏のようにスタートアップに特化した支援者でもよいだろう。とにかくスタートアップのコミュニティの中に入り、その中で相性の合う人を探す努力を怠ってはいけない。
神先行動を起こさずして資金だけ調達することはやめましょう。はじめてであっても何かしらのアクションを起こし、さまざまな投資家さんの話を聞くプロセスを経験した方が良い。その過程で、この人と一緒に頑張りたいというVCと出会ってほしい。極論、VCでもなく、VCの中のキャピタリスト個人で良いと思える人と出会ってもらいたいですね。
市場規模ではなく、ビジョンを語れ
ではVCに会い、出資をお願いする際に何を気をつけるべきか。神先氏は一般論ではあるがと前置きをしつつ、とにかくビジョンを語ろうと伝えてくれた。
神先投資家は厳しい意見を言う人も多いと思います。ただ、なぜ厳しい意見を言えるかというと、彼らはすごく調べているからです。マーケット情報から競合、海外動向、過去の成功・失敗事例まで膨大な情報を日々インプットし積み上げているので、起業家が「この領域でやろう」と思ってから調べた程度の情報では到底敵いません。
起業家はその知識を使わせてもらうくらいの気持ちで良い。その知識を使わせてもらうために語るべきは、ビジョンや夢です。起業家が持てて投資家が持てない最強の武器はそれですし、シード期で投資してくれる投資家は、ほぼ人に対して投資していますから。
マーケットの成長余地、事業の可能性、海外の成功事例など、事業を立ち上げようと思ったとき、頭の良い人ほどついファクトでものごとを説明したくなる。しかし、そこは投資家も巻き込み一緒に組み立ててもらうくらいの気持ちで良いという。
神先「事業はブラッシュアップしないといけませんが、その夢には賛同するので、ちょっと一緒に見ましょうか」と言ってもらうのがゴールです。ビジョンにはその人自身のバックグラウンドが反映されていなければいけません。その部分が後回しになり、「儲かりそうだから上手くいきそうだから」と起業しても、結果には繋がりません。創業期でプロダクトもない状態で資金を集めるのは、ほぼビジョンや夢なんです。
スタートアップコミュニティの一員として学ぶ
「市場が拡大しているからこそ、適切な関係を築ける投資家を選び、歩みを進めてほしい」
これは彼自身が起業し、資金調達もしている「先輩起業家」としての言葉でもあるのだろう。インタビューの最後は、神先氏から今後起業し資金調達をしようとする人へ向けて伝えたいことを伺い、話を締めていただいた。
神先ひとつは、株主を軽視しないこと。どんな株主であっても、事業を気にしています。だからこそ、その相手は慎重に選ばなければいけませんし、関係性は大事にしなければいけない。たとえば、ハンズオンしない主義の株主であっても、起業家は自由に経営をさせてもらっているという意識を持つべきです。定期的に連絡は取るべきだと思いますし、若い起業家に経営を任せてくれているからこそ、きっと心配もしている。その前提でコミュニケーションをとって欲しいと思います。
もうひとつは、とにかく関係をつくることです。もちろんただ乗りをしろというわけではないですが、前述の通りスタートアップ界隈にいる人は、基本的にオープンマインドな人が多い。先輩起業家も、VCも話を聞けば、いろいろ教えてくれますし、なにかあったときには助けてくれます。彼ら自身がそうやって先輩から助けてもらった経験があるからこそ、後輩へ手を差し伸べてくれる。そういったエコシステムの中に入り、先輩に助けられ、後輩を助ける一員として共に成長してくれると嬉しいですね。
スタートアップの成長は、そのエコシステム全体が育っていくことにも繋がる。これまで成功を収めてきた起業家はいずれもそれを先輩から学び、後輩へと伝えエコシステム自体の成長にも尽力してきた。
起業し成長を志すことはその一端を担うことでもある。だからこそ成功できるように適切な投資家と関係性を築き、次の世代へと繋げて欲しい。
こちらの記事は2018年09月26日に公開しており、
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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
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藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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