連載VCが産業を語る

世界で勝ちたいなら「PropTech」に挑め──規制産業での勝ち方を、デジタルベースキャピタル・桜井氏が語る

インタビュイー
桜井 駿
  • 株式会社デジタルベースキャピタル 代表パートナー 

みずほ証券株式会社、株式会社NTTデータ経営研究所を経て株式会社デジタルベースキャピタルを設立。NTTデータ経営研究所では、戦略コンサルティング部門にて、統括責任者/マネージャーとして、株式会社LIFULL、株式会社ゼンリンらと共に不動産情報の異業種連携を目指す不動産情報コンソーシアムADREの設立支援など、これまで一貫して金融・不動産領域のデジタルトランスフォーメーション、事業創出のプロジェクトに従事。850名以上が参加する不動産/建設領域のスタートアップコミュニティPropTech JAPANの設立や、一般社団法人Fintech協会の事務局長として活動するなど、同領域へのエコシステム構築に携わる。
主な著書に、「決定版FinTech」(共著、東洋経済新報社)、「超図解ブロックチェーン入門」(日本能率協会マネジメントセンター)がある。

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産業の未来を見据え、 次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。 連載「VCが産業を語る」では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、 彼らが注目している領域について話を伺っていく。

第7弾となる今回は、「PropTech」特化型のベンチャーキャピタル・デジタルベースキャピタル創業者の桜井駿氏にインタビュー。“Prop”とは、不動産や金融、資産形成などのProperty(資産)にまつわるドメインを指す。同社はPropTech領域に参入するシード・アーリーステージのスタートアップへ投資を進める予定だ。9月には1号ファンドを立ち上げ、昨年上場したPropTechの雄であるGAテクノロジーズが出資している

「PropTechの将来性は計り知れず、無数の事業機会に溢れている」と語る桜井氏。いわゆる“規制産業”において、どのようにスタートアップを育成し、変革を起こそうとしているのか。ファンド設立以前から、みずほ証券、NTTデータ経営研究所と金融・不動産業界に身を置き、また国内最大のPropTechコミュニティ「PropTech JAPAN」ファウンダー、Fintech協会事務局長としても業界を先導する桜井氏に、現在地と未来を訊いた。

  • TEXT BY YUKO TAKANO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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不動産テックとフィンテックを統合、新領域「PropTech」とは?

桜井氏は、PropTechを「不動産、金融と資産形成に関するすべての領域を網羅するビジネスドメイン」と定義する。

不動産と金融は、それぞれ「リアルエステートテック」「フィンテック」という領域で、テクノロジーを活用した変革が進んでいる。両者を統合する理由は「誰のためのテクノロジーなのか、視点を改めるため」だと桜井氏は語る。

たとえば、不動産テックの場合、これまでは不動産事業者向けのBtoBサービスが主流で、エンドユーザーである生活者に向けたサービスはほとんどなかったという。

桜井業界のプレイヤーたちが「本来向き合うべきは、生活者なのではないか」と気づきはじめたんです。生活者の暮らしを良くするための方法を突き詰めていくと、不動産だけでなく金融領域にも踏み込む必要性が浮かび上がってきた–––こうして、PropTechが誕生したんです。

たとえば、「賃貸物件の契約」だけを見ても、細分化されたPropTechのプレイヤーが存在する。物件選び、内見、契約、家具選び、引っ越しといった各領域に参入する企業を支援するのが、デジタルベースキャピタルなのだ。

桜井氏の狙いは、PropTechの推進だけに留まらない。目指すのは、PropTechが網羅する領域をシームレスにつなげた体験を提供する「LaaS(Life as a Service)」の普及だ。煩わしい契約手続きなしにスマホアプリから家を借りられる『OYO LIFE』や、月額500円で自由に家具をレンタルできる『CLAS』なども、PropTechに含まれるだろう。LaaSの構成要素となるサービスは少しずつ誕生している。これらを統合することで実現されるのは、「生活者にとって、シンプルに便利な未来」だ。

桜井不動産や金融サービスは、業者に合わせなければいけないばかりに、煩雑な手続きが常態化してしまっています。この状況を改善し、「生活者ファースト」の姿に近づいていくべきだと考えています。

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日米のプレイヤーが横並びのPropTechなら、世界で勝てる

PropTech特化型のベンチャーキャピタルを創設した桜井氏。まずは、この領域のプレイヤーを増やしていきたいと語る。参入するメリットを尋ねると、「世界的に見ても突出している企業はまだないので、トップを狙える可能性がある」と答えた。

桜井日本市場は、アメリカより数年遅れて形成される場合がほとんどです。ただ、PropTechに限って言えば、それほど遅れを取っていないんですよ。

資金調達の総額やプレイヤー数は、アメリカが圧倒的に多い。数千億円単位の資金が動いており、参入企業も1,000社は下らないそうだ。

しかし、PropTechに限らず、他のテック領域においても、サービス内容やローンチの時期では日米で大きな差がないという。

桜井フィンテックが流行りはじめたときも、「日本は世界に比べて遅れをとっている」といった声をよく聞きましたが、実はスタート時期はほとんど同じでしたし、技術的な差もなかった。不動産領域も、アメリカならZillow、日本だと『SUUMO』を運営するリクルートやLIFULLなどが、物件情報をオンラインで可視化するサービスをほぼ同時期に出していますし、むしろスタートで言えば日本の方がちょっと早いぐらい。次に台頭したシェアリングエコノミーサービスも、ほとんど時間差がありませんでした。

一方で、不動産領域は規制が厳しく、グローバル展開の難易度が高い印象がある。しかし、桜井氏は「各国の規制は厳しいが、グローバル展開を諦める必要はない。なぜなら、どこも規制の構造は似通っているから」と自信をのぞかせる。

桜井どの国でも、不動産業者は免許を取得する必要があるし、土地を取得するために審査が入ります。その点は共通しているので、どこか一国を攻略するノウハウを持てれば、世界に進出できる可能性は大いにあると考えています。

近年は、国による規制緩和の動きも活発になっているという。日本では不動産領域のIT化推進を目的に法改正が検討されており、同様の動きが世界中で起きているそうだ。

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業界のディスラプトが目的ではない。国や既存産業との連携を重視する

不動産業界にも、IT化の波が押し寄せている。たとえば、賃貸マンション契約時、これまでは宅地建物取引士が対面で重要事項を説明しなければいけなかったが、現在はオンラインでの説明が許容されている。紙ベースだった契約書も、オンライン交付で済むように法改正しようとする動きが見られるという。

桜井産業規模が大きいだけに、IT導入による生産性向上の恩恵は計り知れません。僕もIT側の人間として、改善に協力しています。

ただし、規制のすき間を狙った悪質な取引が横行した過去もあるという。桜井氏は「誰に、どのような規制をかける必要があるのか」を厳密に検討したうえで、IT導入を推進する必要があると語る。

そして桜井氏は、決してスタートアップだけと向き合っているわけではない。国交省や、既存の不動産会社とも密に連携している。実際、桜井氏のファンドへの出資しているLPのほとんどが、老舗の不動産会社だという。

桜井レガシー業界に参入するスタートアップは、既存プレイヤーと協業しなければ、変革を起こすことはできません。PropTechにおいては特に密な連携が重要です。法改正を推進するためには国からの信頼を得なければいけないし、土地を所有する既存の不動産会社との連携なくては何もなし得ません。

PropTechにおいて協業が必要な理由はもうひとつあるという。スタートアップが、生活者の資産を毀損してしまうリスクを軽減するためだ。

桜井スタートアップのチャレンジ精神はリスペクトされるべきです。ただし、PropTechのような規制産業においては、業界のルールや構造の理解が不十分だと事業が失敗する可能性が高い。スタートアップ側に損失が出ることはもちろん、生活者が迷惑を被るような事態は回避しなければいけません。

一方で、言わば既得権益を保持してきたともいえる既存の不動産会社が、リスクを取ってスタートアップと協業するメリットはどこにあるのか。

桜井氏は「業界の高齢化」に注目する。日本の宅建業者約12万社のうち、約8割を占めているのが、従業員5名未満の零細企業だという。いわゆる「町の不動産屋」であるそれらの企業では、急速に高齢化が進んでいる。個人業者にいたっては平均年齢は65.6歳、東京にいたっては68歳を超えているのだ。

桜井昔と同じように働けなくなってしまった不動産業者は、ITを導入し、なんとか業務効率化するしかないわけです。だから、スタートアップにも賛同してくれるのかなと。

とはいえ、高齢化が進んだ老舗の不動産会社とスタートアップが交流できる機会は多くはない。両者の架け橋となる存在が必要だ。長らく不動産・金融業界に身を置き、国、不動産会社、スタートアップの3者と関係を構築してきた桜井氏は、「自分のような立ち位置を築いた人間こそ、各プレイヤーをつなぐハブの役割を果たすべきだ」と意気込む。

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「規制産業は不便で当たり前」か?桜井氏が覚えた、ある“違和感”

9月に1号ファンドを立ち上げたデジタルベースキャピタルは、既に家具のサブスクリプションサービス『CLAS』や、遺品整理、生前整理サービスを展開する『オコマリ』など3社のスタートアップに出資。3年以内に2号ファンドを創設する予定だ。投資判断の軸は、「LaaSに寄与する会社であること」「シードもしくはアーリーステージのスタートアップであること」の2点。どれだけ規模が大きくなろうと、これらだけは死守するという。

桜井PropTechは、とにかくしがらみが多い領域です。業界のルールをあまり理解しないまま参入すると、早々に事業が挫折してしまう可能性が高い。

逆に言えば、最初から業界のルールを理解していれば挫折する確率を減らせるわけです。業界の構造を独学で学ぶにはかなりの時間を要するし、そんなところに時間をかけるぐらいなら、生活者目線に立ってサービスをブラッシュアップしてほしい。そのためにも、新規参入するスタートアップには、私が持つノウハウを共有していきます。

桜井氏のモチベーションの源泉は、金融、不動産業界で働くなかで覚えた違和感だった。

桜井システムが複雑すぎるがゆえに、生活者に不便を強いるばかりか、損をさせてしまっているのを、何度も目の当たりにしてきました。こんな状況が当然だと思われているのは、どう考えてもおかしい。

不動産も金融も、人生を左右するほど大事で、人の幸福度を大きく左右します。生活者が享受できる恩恵を最大化するために、PropTech領域のプレイヤーを増やし、LaaSを普及させたいですね。

こちらの記事は2019年12月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

高野 優子

フリーの編集、ライター。Web制作会社、Webマーケティングツール開発会社でディレクターを担当後、フリーランスとして独立。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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