特別なことなど、やっていない──オープンイノベーションは“地道”の積み重ねだ。LayerXと三井物産から学ぶ、JV立ち上げの秘訣
Sponsoredイノベーション創出ファームであるエッグフォワード代表取締役・徳谷智史氏が、スタートアップのビジネスを対象にその秘訣を解明し、「メカニズム(構造)」として記録するこの連載。第3回目のゲストは、三井物産デジタル・アセットマネジメント取締役の丸野宏之氏だ。そう、三井物産とLayerXのジョイントベンチャーである。つまり今回のテーマは、オープンイノベーション。
「オープンイノベーションの失敗あるある」が、よく語られる──、そんな社会は、もう終わりにしたい。そう思わされたのが、この取材だ。強調されたのは意外にも、「企業の本質に忠実な姿勢」だった。つまり、「オープンイノベーションだからどうこう」といった話は、このJVにおいて本質ではないのだ。
特に印象的なポイントが「多様なステークホルダーがみな、本気になって関わり続ける企業として成立していること」だ。果たして、どういうことなのだろうか?この記事で最も大きな学びを得られるのは、何もオープンイノベーションの当事者だけではない。起業家・経営者に広く示唆を与える内容にまとめた。
- TEXT BY MAAYA OCHIAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
“JVの攻略法”など、ない。スタートアップも実践する経営理念、バリュー、採用、評価……を地道に愚直に繰り返す
まず最初に、敢えて「取材終了時」の徳谷氏のコメントを紹介したい。
徳谷単に「大企業と組めた」から良かったのでは、全くないんですね、これ。
多様なステークホルダーがみな、本気になって関わり続けている。そんな企業体として、ちゃんと成り立っていますよね。事業と組織の両面でしっかりつくり込んできたということが、施策の一つひとつから伝わってきました。本当にすごい。「オープンイノベーションあるある」に陥らなかった理由がよくわかりました。
丸野「あるある」ありますよね。構想段階で止まったり、組織を立ち上げたはいいけれど思惑が交錯して事業が立ち上がらなかったり、人が集まらなかったり……。
僕らも「JVを作るときに気をつけることありますか?」と相談されることもありますが、毎回「言語化が難しい」という課題をずっと抱えていたんです……。「多様なステークホルダーがみな、本気になって関わり続けている」というのが、シンプルなようで、ものすごくしっくりきました。ありがたいです(笑)。
2020年4月に設立された三井物産デジタル・アセットマネジメント(以下、MDM)は、主にSaaS事業を展開するスタートアップ・LayerXと、大企業である三井物産、そしてSMBC日興証券、三井住友信託銀行の合計4社が参画する合弁会社としてスタートしたジョイントベンチャー(以下、JV)だ。本格運用を開始した2021年10月から、たった1年でAUM(運用資産総額)は1,000億円超、さらに2022年11月には個人向けにデジタル証券での資産運用サービス『ALTERNA(オルタナ)』を展開していくことを発表、各企業からの出向とプロパーを合わせて30名規模の組織にまで成長している。
この記事では、「オープンイノベーション実践現場の物語」から、汎用的なメカニズムを解明していく。だがスタートアップをよく知る読者なら、その多くがうまくいかずにしぼんでいくという実態がイメージできることだろう。そんな世の中にあって、MDMは徳谷氏が心から驚くほどうまく成り立っているJVとなっているのだ。
具体的には、事業面の分担のみならず、立ち上げから経営理念やバリューの策定、利益配分の設計、採用活動、評価制度、コミュニケーションまで、全方位的に施策を打ってきた。一つひとつは特別なことではないようにも見える。そう、とにかく当たり前のことを当たり前に取り組んできたのだ。そして、それを現場で牽引し続けているのが丸野氏である。
徳谷大企業とスタートアップが組んで進めるオープンイノベーションについては、たいていうまくいかないイメージを私も正直、持っています(笑)。
MDMの場合、起業と同じで、事業側と組織側、いずれも良い形で進めてこれたのだと思うのですが、それぞれどのような工夫ですり合わせていったんですか?
丸野ビジネスモデルは、従来のアセットマネジメント事業と変わらないものなので、特にノウハウ面では三井物産さんの強みが存分に活きる体制でした。一方でそれを支える技術面は、LayerXの強みを存分に活かすという分担となりました。
徳谷つまり、やや粗く括れば、事業側では、投資家・アセットに強い三井物産と、アセマネ収益最大化を実現する技術のLayerXという、互いの強みがきちんと掛け合わさって、事業をスケールさせる事業ドライバーをわかりやすく押さえたということですね。この部分を整理しきれずに、とりあえず組んだものの立ち上げ段階で頓挫するオープンイノベーションもありますから、前提として重要なポイントですね。
でも企業においては同時に、組織側もうまく構築していく必要がありますよね。この点も、MDMさんでは強く意識してとりくんでいたということになるのでしょうか?
丸野まず、出資比率で三井物産さんにメジャーをとっていただき、事業にも組織にもしっかりコミットできる形にしました。加えて、徳谷さんがおっしゃるように起業と同じなので、バリューやカルチャーをゼロからつくりつつ、しっかり運用したことが大きかったと思います。
徳谷それぞれものすごく気になるので、後ほど詳しくお聞きしますが……。
まず出資比率の部分は、三井物産さん側が中長期的にコミットし続ける理由を論理的に構築することができた、と言えそうですね。いわば、このJVを支えるハード面でしょうか。
一方でバリューやカルチャーはソフト面ですね。組織に集まってきた多様なメンバーが、エンゲージメント高く取り組み続けるための仕組みを地道に構築してきたのだと感じました。
一つひとつはそれほど特別なことではないかもしれませんが、いうなれば、スタートアップで必要な組織構造設計ハード・ソフト含めて、合弁においても、すべてを愚直に実践してきた。その集大成ですね。
ここまでの話で、そもそもの「オープンイノベーションがたいていうまくいかない」とよく言われる理由が、さっそく見えてきたように思う。ビジネスモデルも技術活用も何もかも新しい枠組みを目指しすぎた結果として事業がうまく立ち上がらなかったり、前所属のカルチャーをそれぞれが持ち込んだ結果として組織がまわらなかったり、といった事態が起きうるわけだ。それを、実直な取り組みで躱してきたのがMDMということになるのだろう。
次のセクションから、事業側の整理、組織側のハード面の設計、そして組織側のソフト面の取り組みについて、順を追って解明していきたい。
三井物産の「ビジネス力」×LayerXの「技術力」を冷静に整理し、事業ドライバーを特定
協業に至った経緯と立ち上げ期の軌跡は、Forbes JAPANの記事やFastGrowの記事に詳しい。今回は、JVの立ち上がりとその後のグロース実現のストーリーを追っていく。
LayerXの持つブロックチェーン技術を活用したいと考える大企業は少なくなかった。そんな中で三井物産が他の企業と違ったのは、アセットマネジメントも念頭において金融関連領域での活用を考えていたことだという。LayerX側もビジネスモデルを模索していたところ、アセットマネジメントという事業領域で方向性を合わせることがすぐにできた。
アセットマネジメント領域は、デジタル化が進み切っていないという点で、「レガシーな構造が残っている」と言われる分、参入障壁が高い。
「最新の技術やスタートアップのスピード感を持ち込むことで抜きん出ることができるのでは?」という考えは生まれやすいとも言えるが、だからといって「スタートアップと大企業で協業すればうまくいく」という単純なものでもない。
丸野事業を詳細に検討する過程で、アセットマネジメントという事業領域の知見は三井物産さん側がすでに蓄積していることを確認しました。それであれば、LayerXが持つ技術と人材のリソースが、新たな事業を立ち上げて成長させていく際のキードライバーになっていくイメージができました。
これなら、同じ方向を向いた組織体制を築くことができ、新たなイノベーションを起こしていけるかもしれないと思えました。
偉そうな表現になってしまいますが、事業側ではすぐに「間違いなく良いパートナーになれる」という確信を得たんです。
徳谷もう少し詳しく聞かせてください。特に、事業のモデルをどのような経緯からどのような結論に固めていったのかが重要になるはずです。このあたりで工夫はありませんか?
丸野ソフトウェアエンジニアリングやブロックチェーンといったデジタル技術の活用は当然の前提だったのですが、ビジネスモデル自体は従来のアセットマネジメント事業から敢えてほとんど刷新しませんでした。
理由は二つあります。まず一つは、デジタル技術の活用で効率化を図るだけでも、しっかり利益を創出できる計算が立ったこと。そしてもう一つが、そのほうが三井物産さんが蓄積してきたアセットマネジメント事業の知見や経験が活きるからです。
徳谷やはりここですね、まずは、技術軸とビジネスモデル軸の2軸で考えたのが大きなポイントになっている。ビジネスモデル軸を固定化することで、JV立ち上げにおける変数を減らすことができた。
丸野そうですね。「新しい技術×新しいビジネスモデル×新しい○○×新しい……」と検討していくのでは、難易度が高くなり続けてしまいます。
徳谷オープンイノベーションと言うと、すぐ目新しさが社内外から求められますが、新し過ぎるものだと、事業が前に進みにくくなりますよね。私はこの構想倒れをオープンイノベーションにおける「死の谷」と呼んでいますが、敢えて最初から両方を新しくしようとしなかった意思決定は、さすがです。
三井物産はアセットマネジメント事業の知見と経験を存分に生かし、案件そのものをどんどん創出するビジネス力を発揮する。LayerXは、案件一つひとつがより大きな価値を生み出せるようなソフトウェアやシステムを構築する。そんな補完関係が、十分な差別化を実現している。
徳谷このような柔軟な考え方で事業側の構想を進めてこれた理由は、どこにあるんでしょうか?
丸野「スタートアップは、技術にどんどん投資すべきだと思いますが、一方で事業を考える時はこれにこだわりすぎてはいけない」と思っています。最先端の技術だと、ユースケースはまだ少ないし、使える範囲も狭い。目的は、技術の活用ではなく、課題の解決であり、事業をしっかり立ち上げて伸ばしていくことで社会をより良い方向に変えていくことのはずですから、技術にビジネスモデルが振り回されるようなことになってはいけません。
ある機械学習のエキスパートから「機械学習の技術を使いたかったら、まず、他の技術を使ってどのようにその目的が実現できるのかを考える」と言われたことがあり、まさにその通りだと考えています。
「先進的なもの以外の技術」で解決できるビジネス課題は、この日本社会にまだまだ多いはずです。「手段としての技術」だということをしっかり意識して、判断をミスらないようにする必要があります。
徳谷まずは事業の目指す姿があると。「技術は最終的には手段である」という点を、大企業でもスタートアップでも、時に見過ごしてしまうんですよね。LayerXさんにはこの点で、強い意識があることを感じますね。
目新しく、かつ、壮大な事業構想や事業計画をつくっていくと、JVの構想段階は盛り上がりますが、その後になかなかうまく進まず、先ほどの死の谷、崩壊につながるきっかけになります。さきほど「あるある」の話をしましたが、その最たる例がこのような「事業モデルに関する実現性の低い構想や計画」にあります。
半ば無意識的にそれを避けてきたんですね。
丸野おっしゃる通り、完璧に意識してやっていたわけではないのですが、今になって振り返ればそういうことですね。
同社は今のところ業界内でも、順調な成長ぶりという評価を受けている。その背景にあるのが、上述した事業モデルの構築なのである。徳谷氏の言うように、オープンイノベーションにおいてはむしろ、目新しい計画や構想にスポットライトが当たることが多い。メディアの多くが「これまでにないシナジー」として、目新しいものを好むという性質があることもその要因だ。
だが、そうした短期的な成果に飛びつくことなく、ある意味で持続的な成長ドライバーに注目し、「地味」な構想・計画から始めたことが、JVの立ち上がりに奏功したというわけだ。徳谷氏は、そんな背景を読み解いた。
大企業のコミットを、「利益配分の設計」を論理的に構築して取り入れよ
ここまで見てきたのは主に事業戦略。立ち上げ時に魅力的な戦略や構想を描けていたとしても、実際に立ち上がってグロースしていくかどうかは全くの別問題であるということを、FastGrowの読者なら当然理解しているだろう。
だから次に組織側のポイントについて確認していきたい。冒頭、丸野氏は「出資比率で三井物産さんにメジャーをとってもらい、かつ配当で還元する座組みにしました」と話していた。まずは組織づくりの中でもハード面と呼べそうな、「大企業とスタートアップの組み方」に迫っていきたい。
日本を代表する大手商社であるから、一体いくつもの事業を抱えているのか、もはやわからないほど。それが三井物産だ。その中にあって、「デジタル証券の未来」をつくるこの事業へのコミットを、どのように引き出したのだろうか。
徳谷三井物産さんの強いコミットをいただくために、どのような座組みの検討を進めたんですか?
丸野まず出資比率が大事な意味を持ちます。設立当初は、三井物産さんが54%、LayerXが36%、SMBC日興証券さんが5%、三井住友信託銀行さんが5%といった内訳でスタートしました。三井物産さんには当初から「メジャーをとってください」と明確にお願いしていました。
加えて、このMDMという企業は、少なくとも当初はIPOやM&Aなどのイグジットでキャピタルゲインを得ることは目指さないと決めました。アセットマネジメント事業は比較的早期に利益の創出を実現できるビジネスモデルなので、配当ベースで株主に還元するかたちにしたんです。
徳谷けっこうテクニカルな話もありますが(笑)、ものすごく納得しました。というか、ステークホルダーが多く、大企業同士の利害も絡み合うようななかで、こうした整理をし切ったのはすごいですね。
しかも、利害を一致させただけではなく、最も重要な「三井物産さんが強くコミットする状況」を、論理的に構築できたとも言える。やろうと思ってもなかなかできないことです。発想力と交渉力がLayerXさんに備わっていたのでしょう。
これがいわば「ハード面」だ。三井物産が株式の過半数を持つ圧倒的な存在となりつつ、利益配分の設計も緻密に行うことで「論理的にコミットすべきと考えられる状態」をつくり上げたわけだ。
ところで、三井物産が強くコミットすることでどのような価値が得られるのだろうか。それを「人」の面から丸野氏が語る。
丸野三井物産さんをはじめとして、各株主からは少なくない人数に出向をしてもらっていて、ありがたい限りです。
三井物産さん等の大企業は、社内の玉突き的な人事調整などがあり、1人出向させるだけでも大変なんです(笑)。にもかかわらず多くの人材出向を進めてくれています。その理由は、各株主にとって、MDMの事業が重要な意義を持つのと同時に、出向メリットも小さくないと感じてもらえているからなのではないかなと。
徳谷なるほど、それは事業のスケールに不可欠な部分ですね。プロパーの採用もされているとのことですが、まだしばらくは各株主さんからの出向が非常に重要な役割を担うはずですしね。
先ほど触れた事業モデルの「アセマネ事業の案件創出」にもつながるので、やはりコミットを獲得するためにできることを緻密に考えて構築することの重要性は大きい。三井物産側の意志決定構造や、リソース配分のインセンティブを押さえているということでもありますよね。
この「ハード面」の組織づくりがあるから、三井物産からもLayerXからも優秀なメンバーが集まり、事業を力強く推進することができている。オープンイノベーションの難しさを見事に乗り越える理想のメカニズムがここにある。
だが、事業戦略と、優秀なメンバーの二つがそろえばうまくいくかと言えば、そう単純でもない。もう一つ、組織づくりのソフト面に、迫っていこう。
JVはあくまで「新会社」。前所属を引っ張ることなく、新たなカルチャーを地道に構築すべし
事業としての勝ち筋は早々に見えた。それを実行できるリソースとケイパビリティはある。だが、同程度の環境であっても、多くのオープンイノベーション創出の取り組みがあまりうまくいっていないというイメージは、徳谷氏も言うようになかなかぬぐえないようにも感じる。
なのでもう少し詳しく見ていくのが良いだろう。MDMの工夫は、まだまだあるのだから。丸野氏は、多大な労力をかけ、カルチャー醸成を推し進めてきた。この裏側にある「ソフト面の多大なる貢献」に、今度は迫っていこう。
丸野ベースのカルチャーは最初に、LayerXから思い切り移植しました。
「社内のコミュニケーションツールはSlackを使う」といった小さなところから、情報共有の考え方やルールの方針整理まで、社内の透明性を維持することを大事にしました。業界特性上、保守しなければならない情報は多いので細かなチューニングは繰り返していますが、それ以外の事業や開発の進捗に関してはなるべくオープンな場で話そうと、かなり力を入れてカルチャーをつくってきました。
徳谷その過程で生まれたのがバリューや行動規範だと思います。ただ、一般にこの点でスタートアップ側と大企業側でずれが生じたり、出向者の間で仕事の仕方や目線が揃わなかったりしやすいですよね。うまく揃えられているのだとしたら、その要因は何なのでしょう?
丸野会社設立の2~3カ月目にバリューを決めて、「これがこの会社の憲法です、すべてのベースです」とまず宣言しました。それを採用プロセスや、出向者を受け入れる際のオンボーディングでしっかりお伝えしています。
だから、カルチャー的に合わないという理由で「お互いの幸せのために採用はお見送り」ということも結構多くありますね。入社後のオンボーディングでも、僕が会社の状況とカルチャーについてじっくりと話しています。
徳谷これはエッグフォワードが、数多の企業から相談されてるテーマですが、スタートアップ単体ですらもやりきれていないところが多い。MDMはこうした原理原則を押さえているので、組織が強くなる理由がわかります。
特に複数社が組むオープンイノベーションは、組織よりも事業の方に目が向きがちなので、結局は異なる組織からの寄せ集めにしかならず、うまくいかない。事業はもちろん大事なのですが、むしろ、ワンカルチャーのスタートアップ以上に、ビジョンやバリューなど憲法となるものを早期に決めて採用やオンボーディング、評価などに活かしていくことの意義が実は大きい。
まさに「急がば回れ」という感じですが、大きな社会変革を目指すのなら当然考えるべきことですよね。
たとえばシリアルアントレプレナーや、立ち上げ期を何度も間近に見てきたベンチャーキャピタリストが「カルチャーを早くつくり込むことが何より重要」とよく語る。徳谷氏が読み解いたのも、こうした考え方によく似た部分なのだろう。
ただ──と丸野氏は付け加える。何も、スタートアップであるLayerX側の特性を持ち込んだだけでうまくいったわけではないと、いくつか補足があった。
丸野MDMでは、エンゲージメントを測る社内サーベイを実施しています。できるだけ高い効果を生みたいと考え、約30人のメンバー全員が、全員の評価を定性的に行う「全員×全員での360度フィードバック」をしているんです。その中で社長の上野と僕と希望者は、結果を全メンバーに対して公表しています。
これ、なんと三井物産さんは常に行っている取り組みの一つらしいんです。大企業は、特にマネジメントサイドが勘違いしないように、上に行けば行くほど、チームメンバーからのフィードバックにさらされるような仕組みがきちんと制度化されている。自浄作用を促す健全な環境だなと感じます。
こんなにしっかりやっているのかと驚きました。スタートアップに身を置いてるだけではわからないことですね。
徳谷おもしろいですね。けっこう大変なサーベイだと思うので、取り入れているだけでも素晴らしい。ちなみにまわりからの評価で、丸野さんの印象に残っているものはありますか?
丸野いろいろありますが……例えば、僕は考えごとをするときに色々な体勢をすることが多いのですが、メンバーから「椅子の上に足を載せて座るのは良くない」という指摘をされてしまいました(笑)。些細なことでも見ていて、指摘してくれるのだなと(笑)。もちろん経営に関する事項もいろいろと率直な評価や指摘をもらえて、とても良い機会になりましたね。
徳谷スタートアップだと、許されちゃうのかもしれませんね(笑)。いや、真面目にメンバー全員の感情面に働きかけ、一人ひとりが躍動できるように環境を整えてきたわけですね。組織づくりにおける、ソフト面の取り組みになりますね。丸野さんご自身がこの部分で奔走されてきた様子も目に浮かび、より強い納得感がありました。
優秀な人材を集めるだけでは成果につながりません。こうしたソフト面の取り組みを地道に続けるということが、どのスタートアップでも意識されているのと同じように、オープンイノベーションでも意識すべきということでしょう。いや、オープンイノベーションではより一層意識すべきなんでしょうね。異質な人たちが集まる場なので。
ここまで述べてきたように、共同事業やオープンイノベーションにおいても、サステナブルな組織運営が非常に重要なはずだが、良い実践ができているプロジェクトは決して多くない。MDMはそうではなく、集まった優秀なメンバー一人ひとりがモチベーション高く稼働できるような仕組みをDay 1から意識して進めてきている、だから今がある。
徳谷オープンイノベーションだというだけで、起業や経営における鉄則をあまり意識せずに進めてしまう例が多い。どうしても「これまでにないことをやろう!」と考えて、気負ってしまうんですよね。
それがなかったというのが三井物産さんとLayerXさんの取り組みであり、かつ、その強みが最大限活きるように良い関係性を築くことができた。 全員がそもそも「コトに向かう」という意識を当たり前に持てていたというのもありそうですね。とにかくこういう「当たり前のこと」が常に大事ですね。
オープンイノベーションはここからが本番。「地味な蓄積」という正攻法を続けるのみ
事業側・組織側それぞれにおいて、ハード/ソフト両面の施策を地道に進めてきたのがMDMというJVだ。その結果としてオープンイノベーションを実現し始めている。
徳谷「企業単独での事業とは全く異なるやり方」や「大企業さんに合わせるようなやり方」を取ろうとしたのではなく、「事業創造で大切なことに、愚直に取り組んできた」ということが見えてきて、感動しました。
丸野僕らはまだ何も成し遂げてないと思いますが、それでも今まで何とかやってこれたことって、どういうことなのだろうか……?そんなに特別なことはやっていない気がする……。そんな想いを持っていたので、今回、徳谷さんに言語化していただけたのが非常にありがたかったです。このメカニズムをどのように発展させていけるか、さらなる挑戦が私も楽しみです。
日本ではオープンイノベーションについて、「失敗あるある」のほうが多く語られているのではないかと感じてしまうくらいの状況である。だが、現場で実際に価値の創出に向き合っている人たちはおそらく、地道な努力を積み重ねている。メディアや傍観者は「派手なオープンイノベーション」ばかりを期待してしまうが、本当はそのほとんどが、泥臭く、地道で、一つひとつは何も特別でない取り組みの積み重ねなのだ。
だが、今回のように整理して「メカニズム」として捉えれば、失敗だらけではないことにも気づくことがきっとできるのだろう。日本から世界へ、イノベーションを創出していく、そのための活動を今後も徳谷氏と共に観測していきたい。
こちらの記事は2022年11月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
落合 真彩
写真
藤田 慎一郎
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