連載事業家の条件

JV立ち上げのポイントは「エゴを消すこと」と「コミット引き出す座組み」──アセマネ業務の10倍効率化を目指す、LayerX×三井物産の新会社設立の軌跡

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

丸野 宏之
  • 三井物産デジタル・アセットマネジメント株式会社 取締役 
  • 株式会社LayerX 執行役員 

1987年生まれ。東京大学工学部卒。大手総合商社、ゲーム系スタートアップ(THE)ONEofTHEM,Inc.を経て、2016年にフリーランスとして独立。 GooglePlayBestGame受賞(プロデューサーとして関与)、新規事業立上、グロースハック案件多数。2018年LayerXに参画し、2019年執行役員就任(現職)。2020年には三井物産デジタル・アセットマネジメント設立、取締役就任(現職)。

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世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。

この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures代表パートナー・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目から「イノベーションを生み出せる事業家の条件」を探っていく。

今回のテーマは、スタートアップと大企業によるジョイントベンチャー(以下、JV)。手嶋氏も取締役を務める、ブロックチェーンに関連する事業を展開するLayerXは、2020年4月に、三井物産、SMBC日興証券、三井住友信託銀行の3社と、合弁会社である三井物産デジタル・アセットマネジメント(以下、MDM)を設立。2020年に創業2年を迎えたばかりのスタートアップと、日本を代表する大企業の協業は、いかにして成し遂げられたのだろうか。

LayerX執行役員兼MDM取締役の丸野宏之氏をゲストに招き、じっくり語ってもらった。設立に至った軌跡や、「エゴを消すこと」「コミット引き出す出資の座組み」(丸野氏)といった、JV運営が軌道に乗り始めるまでのポイントについて。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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三井物産とLayerX、互いの不足を補い合う

協業のそもそものきっかけは、LayerXの代表取締役CEOである福島良典氏が、ブロックチェーンに関する勉強会の講師として三井物産に招かれたことだという。三井物産は不動産や海外の発電所など、株式や債券以外のオルタナティブ資産を投資の対象とするアセットマネジメント会社を運営する中で、新しい資金調達の方法を模索していた。

その目的は、オルタナティブ資産への投資の裾野をリテールにまで広げること。投資の透明性・効率性を高めることで、個人投資家も含めた幅広い層からの資金調達を加速させることを目論んでいた。そこで目をつけたのが、ブロックチェーンを活用したSTO(Security Token Offering)、すなわちデジタル化された有価証券による資金調達だ。

企業が仮想通貨を発行し、それを購入してもらうことで資金を調達するICO(Initial Coin Offering)は、2018年ごろに世界中でブームを巻き起こしたが、法の整備が追いついておらず、さまざまなトラブルを生んだ。そんなICOに取って代わる形で登場したのがSTOだ。投資家を保護するための法整備が進んでいるSTOは、ICOに比べて安全性が高く、注目を集めている。

これらブロックチェーンやSTOの知見を深めるために開催されたのが、福島氏を講師とする勉強会だった。勉強会は好評を呼び、協業への道筋ができた。

一方、LayerXは当時、「金融×ブロックチェーン」領域への進出を加速させる方法を模索。アセットの調達からデジタル証券化、証券化したアセットの販売、そしてアセットのマネジメントまでをも可能にするサービスを構想していた。

とはいえ、アセットそのものもノウハウも持ち得ないLayerXが、この構想を単独で実現することは難しかった。そこで、パートナーの候補に挙がったのが、勉強会をきっかけに良好な関係を築いていた三井物産だったのだ。

三井物産デジタル・アセットマネジメント株式会社 取締役 / 株式会社LayerX 執行役員 丸野宏之氏

丸野三井物産さんは理想のパートナーでした。国内外に豊富なアセットを持っているのはもちろん、グループ内に販売機能を持つ証券会社と複数のアセットマネジメント会社がありました。

STOを推進するための技術力を求めていた三井物産、金融領域に切り込んでいくためのアセットや販売機能、アセットマネジメント機能を求めていたLayerX。お互いの足りない部分を、相互に補完しあえると思ったんです。

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紆余曲折のあったJV設立までの道のり

協業への道は、PoC(概念実証)からスタート。ブロックチェーン技術を活用し、三井物産グループが持つアセットをデジタル証券化するプロジェクトを実施した。しかし初めからJVありきだったわけでもない。

協業には、「会社をつくらない」かたちもあるが、投資商品を販売するためには、金融商品取引法に則ってライセンスを得なくてはならないため、法人格の設立は不可欠。成功可能性が高い案として、LayerXは三井物産とのJV設立に動き出す。しかし、その道のりは平坦ではなかった。

XTech Ventures 代表パートナー / LayerX 取締役 手嶋浩己氏

手嶋「発注する側」と「受託する側」に分かれていては、構想を実現できない。このことに関しては、コンセンサスが取れていました。しかしどういう座組みでやっていくかという点で議論は難航しました。

「仮にプロジェクトが崩壊してしまうとしても、絶対に譲ってはいけないポイントがあった」と丸野氏は強調する。

丸野かなりタフな交渉になりました。プロジェクトが崩壊しかけた時期もあったくらいです。

しかし、「同じ船に乗っている状態になっていること」、これだけは譲れなかった。社内の議論でも、「Same Boat」というワードが頻繁に飛び交っていましたね。それさえ実現できるのであれば、その他のことは譲歩してでも進めるべきと考えていました。

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“Same Boat”実現に不可欠だった「前向きな譲歩」

短くない期間を要した交渉の結果、JVであるMDMの設立が決まった。出資比率は、三井物産54%、LayerX36%、SMBC日興証券と三井住友信託銀行がそれぞれ5%。この座組みは、“同じ船に乗る”覚悟の現れだという。

丸野最大のポイントは、三井物産さんに本気になってもらう座組みにすることでした。成功のためには、豊富なアセットをアセットマネジメントの経験を持つ三井物産さんのコミットが不可欠です。そのためには50%以上の出資をしてもらい、イニシアチブを取ってもらった方がいいと考えたんです。

しかしLayerXも単に譲歩したわけではない。手嶋氏は、この決定の背景には、「前向きな譲歩」があったと明かす。

手嶋LayerXにとって、MDMは連結子会社ではなく持分法適用会社なので、MDMがいくら利益を出そうが、LayerXの営業利益に何ら貢献しないんですよ(※)。ここは譲歩せざるを得ない部分でした。

ですが、長期的な目線で考えれば、この譲歩は決して悪い判断ではないと思っています。多様な企業との共同事業を模索している僕たちにとって、MDMが成功しさえすれば、それが大きな一歩となる。先ほど丸野が言ったように、その成功の肝になるのは、三井物産の本気を引き出すこと。成功のためなら、現時点で多少の譲歩は厭うべきではない。

いま振り替えればむしろこれが、前進させるための最短のルートだったのではないかとも思っています。

(※)連結子会社とは、グループ会社などの連結の範囲に含められる子会社のこと。親会社に税務状況を合算される。一方、持分法適用会社とは、投資会社の連結財務諸表に、純資産および損益の一部を反映させる持分法が適用される被投資会社のこと。(参考1参考2

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それぞれの出向者の強みを活かした、JVならではの価値創出

こうして設立されたMDMが、現在取り組んでいる事業は大きく2つ。1つ目は、機関投資家向けのプロダクト開発だ。「将来的に個人投資家への展開を見据えつつも、まずは機関投資家の方々に便利に投資して頂けるプロダクトを作っている。個人投資家向けのプロダクトの多くは良いUXを提供できているが、多くの機関投資家向けサービスはその限りではない」と丸野氏。機関投資家に対して、洗練されたUXを提供したいと開発中だという。

そして、「実はこちらが本流」の2つ目は、業務効率化によって投資家への還元率を飛躍的に向上させる、アセットマネジメント事業だ。たとえば従来は、投資対象である不動産が5%の利回りを確保した場合、不動産と投資家の間に入るアセットマネジメント企業が0.5%のマージンを得て、投資家には利益の4.5%を還元するような形が一般的だった。MDMは、アセットマネジメントという事業をデジタルトランスフォーメーションすることによって徹底的に効率化し、マージンを低く抑えることで、投資家への還元率を高めようとしている。

着々と事業開発を進めるMDMには、現在13名の社員が所属。三井物産、LayerX、SMBC日興証券、三井住友信託銀行の各社から人材を拠出し、LayerXも半数以上の人員を出している。LayerXの出向者はデジタル戦略部に所属し、アセットマネジメント業務の効率化ならびに資金調達に関する戦略立案を担っているそうだ。

丸野氏は「まだビジネスを本格稼働させていないので、うまくいっているかどうかの判断は難しいが」と前置きしつつ、すでに手応えを感じていると話す。

丸野4社からの出向者が、それぞれの強みを活かせていて、JVならではの価値が創出できていると思っています。

アセットマネジメント業務は、僕らのようなスタートアップの人間が入っていって簡単にどうにかなるといった業務ではありません。たとえば、アセットを証券化して顧客に販売する業務は、金融商品取引法による取り決めを遵守しながら、進めていかなくてはならない。アセットマネジメントのプロである三井物産さん、国内有数の金融機関であるSMBC日興証券さん、三井住友信託銀行さんからの出向者なしで推進することは不可能です。

アセットマネジメントという領域は、証券会社や信託銀行と協働するケースも多く、そうしたプレイヤーとの関係性の構築も必要です。その際も、各社からの出向者がいるのは、とても心強いですね。それぞれの会社のキーマンをつないでもらいながら課題解決に向かうなど、JVの強みを活かした動きが取れています。

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JV立ち上げのポイント:スタートアップのエゴを押し付けない

JVの組織運営のポイントは、全員がJVの事業に向き合う状態をつくることだ。「出向者たちがそれぞれの本社を向いて仕事をしてしまうと、JVは失敗する」と丸野氏。

丸野出向元の論理を持ち込まないことが重要です。よくあるパターンとしては「お金だけを出したら後は他の出資元の人たちに頑張ってもらって、投資を回収できればいい」というケース。コミットはしないけど、リターンは欲しいと。

でも、それでは事業は成功しません。設立の時点から、全社員がフルコミットして事業を成功させることを意識する必要がある。そのため、出向してきた方には、しっかりとオンボーディングしていますし、出資の条件を決める際には「こういったポジションに、この会社からの出向者をアサインする」といったことを、かなり議論しましたね。

手嶋氏は「所属意識を持たせることが重要だ」と重ねる。LayerXからの出向メンバーは、本社へのロイヤリティが高いがゆえに「中途半端になってしまっていた時期があった」と明かす。出向後も、LayerXのオフィスに頻繁に顔を出すようになっていたのだ。

手嶋「君はMDMの所属なんだ」と言い聞かせました。LayerXからの出向ではあるものの、MDMのメンバーなんだと。どっちつかずになるのが、一番良くないと思うんです。所属を明確にすれば、コミット意識も高まる。JVとはいえ、新会社への所属意識を強く持ってもらうことは、とても重要だと考えています。

組織風土が異なる複数社の出向者から成るJVだからこそ、譲らなければならないこともあった。「特に、意思決定のスピードは大きく認識を変えなければいけなかった」と丸野氏。JVは法人格を持つため、大半の決裁は社内で下せるとはいえ、大きな投資や三井物産が絡む判断などは本体の判断を仰がなくてはならない。その際、経営陣の一存で意思決定が下されるスタートアップと同様のスピード感は維持し難い。

丸野三井物産さんほどの大きな企業ともなれば、決裁の際、リスクマネジメントの観点からさまざまな部署のチェックが必要になる。スタートアップのようなスピード感で物事が決まるわけではないんです。

でも、スタートアップのエゴを押し付けてはならないと、心に刻み込んでいます。三井物産さん側のロジックを尊重しながら、一歩ずつ、社内説得に必要になりそうな情報をできるだけ予測して早めに揃えるなどの工夫を推し進め、ガバナンスとスピード感の最適なバランスを探っています。

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眠れる1,000兆円をアクティベートする

JVとしての強み活かし、MDMが目指すのは、日本が抱える大きな社会課題の解決だ。

丸野MDMのミッションは「眠れる銭を、アクティべートせよ」。1,800兆円あると言われている個人資産のうち、1,000兆円が預金として眠っていると言われています。多くの日本人はあまり投資に積極的ではなく、このことが大きな社会問題になっている。この眠っている1,000兆円を投資に回せれば、個人の資産形成にも繋がるし、経済は活気づく。

個人がより積極的に投資活動をするためには、投資の「分かりづらさ」を解消しなくてはならないと考えています。

投資商品は多岐にわたりますが、分かりにくいものが多い。市場の仕組みを理解しなければ、株式投資をしようにも、どんな銘柄を買うべきなのか判断できません。その点、僕たちがメインで取り扱う不動産などの実物資産は分かりやすい商品です。例えばの話ですが、「表参道ヒルズに出資してみませんか」と言われたら、かなり具体的にイメージが湧きますよね。

そして、不動産投資は、キャッシュフローも分かりやすい。「投資したビルにどんなテナントが入っていて、どれくらいの賃料収入があるから、収益はこれくらいになる。だから、リターンがこの額になるんだ」といったように、お金の流れが分かりやすいんです。商品とキャッシュフローの分かりやすさを武器に、個人の投資行動を変えていきたいと思っています。

さらには、アセットマネジメント業務を効率化することで、中間コストを削減し、投資家へのリターン額を増加させることも目指す。

丸野実物資産のアセットマネジメント企業が1兆円を運用するには、100〜150人の社員が必要だと言われています。僕たちは10分の1の人数で、これを成し遂げたいと思っているんです。現在の社員は13人ですが、この規模のまま1兆円を運用する企業にしていきたい。そうすれば、中間コストを削ることができ、投資家へのリターン額も増やせます。

手嶋まずは、プロダクトをリリースすることからですね。まだ準備段階ですが、これまではうまく進捗させられていると感じています。

スタートアップの多くは、こうした大企業との協業に及び腰かもしれません。確かに、LayerXのように創業から1年や2年で実現させたのは非常に速い例ですが、『SMBCクラウドサイン』やOLTAと新生銀行のJVなど、似た例は今では少なくありません。

社齢が若くても、こうした攻めをしていっていいんです。大企業側も受け入れるようになる時代です。シリーズAくらいでもうちくらいの体制がある企業はありますから、どんどん挑戦してほしいですね。

こうした事業が成功すれば、LayerXの経営はもちろん、日本経済全体に、大きなインパクトを与えられる。心から期待しています。

こちらの記事は2020年12月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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