連載私がやめた3カ条

ズレや歪みはチャンス。「逆張り」こそ競争に打ち勝つ術──Thinkings代表・吉田 崇の「やめ3」

インタビュイー
吉田 崇
  • Thinkings株式会社 代表取締役社長 

早稲田大学卒。在学中にインターン参加していた採用コンサル会社へ新卒入社。その後、双日株式会社へ入社し一貫してIT・モバイル関連ビジネスに携わる。2013年、イグナイトアイ株式会社を設立、代表取締役に就任。2020年、経営統合によりThinkings株式会社を設立、代表取締役社長に就任。2023年、一般社団法人 日本採用力検定協会の理事に就任。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、『採用管理システムsonar ATS』を運営するHR Tech企業、Thinkings株式会社代表取締役社長 吉田 崇氏だ。

  • TEXT BY HOTARU METSUGI
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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吉田氏とは──「世の採用担当者の業務過多」を解決すべく、「採用」×「IT」領域で起業

採用担当者や面接官向けの採用管理システム『sonar ATS』を武器に、HRTech事業を展開するThinkings。

採用候補者の応募から入社までの対応における課題を一挙に解決できる採用管理システム『sonar ATS』、そして、自社だけでなく他社のHRツールも簡単に検討・導入することができる『sonar store』を運営。企業の採用担当者の悩みの種である煩雑な業務負担を減らし、より採用候補者一人ひとりに向き合えるよう支援するサービスだ。

この一連の『sonar HRテクノロジー』は採用に携わる者の課題に寄り添っており、大企業を中心に支持を集めている。その市場ニーズを表すかのように、Thinkingsは2022年にはシリーズBラウンド16.2億円の資金調達を実施。2023年にはプロダクトの導入実績1,600社を達成した。

そんなThinkingsを経営する吉田氏とは、どんなキャリアを描いてきた人物なのだろうか。話を聞くと、意外にも彼のキャリアのきっかけは「バンド活動」だった。

大学時代にロック・ミュージックに熱中した吉田氏は、自身のバンドのCDジャケットやライブのチラシを作るためにiMacを購入。グラフィックデザインやWebサイトの制作などを行っているうちに、クリエイティブ制作そのものに興味が向いていった。

その後、よりクリエイティブについて知見を深めるため、大学に通いながら、ダブルスクールでデジタルハリウッド大学の講座を受講。この学費を稼ぐためにアルバイトをしていたのだが、そのアルバイト先こそが、彼のファーストキャリアとなる人材コンサル会社だった。

吉田氏はアルバイト先で専門学校での学びを活かし、入社案内のパンフレットや採用Webサイトの制作を担当する。日々の業務を通じて、デザインやクリエイティブはビジュアルの「かっこよさ」を高めることが目的ではなく、「採用や集客といった事業活動上の目的を達成するための1つの手段である」ということを学ぶ。

上記の体験をきっかけに、吉田氏はビジネスにおける課題解決自体にやりがいを見出す様になり、先々は起業を志すに至ったのだ。

その後、アルバイト時代の意欲や実績を買われ、大学卒業後はアルバイト先の人材コンサル会社にそのまま入社する。本格的に採用コンサルティングを担うようになり、そこで目の当たりにしたのが、「世の採用担当者の業務過多」という問題であった。

吉田採用担当者はとにかくやることが多いんです…。

熱い想いを持って業務に取り組めば取り組むほど、膨大なタスクにリソースを奪われ、重要な課題に向き合えなくなる。採用プロセスにおける重要な課題である、将来的な採用戦略の立案や、 選考通過者と向き合うことなどにリソースを集中できるようになるべきだと、常々感じていました。

吉田氏は、そんな現状に課題感を抱えながらも転職を決め、2005年に双日へ入社。ITビジネスに携わるようになり、シリコンバレーでの駐在を経験する。

現地の最先端のテクノロジーやサービスに触れるうちに、吉田氏の心境に変化が起こる。これまで経験してきた「採用」と「IT」の2つをかけあわせ、採用コンサル時代に感じていた、「世の採用担当者の業務過多」を解決するサービスをつくりたいという気持ちが沸々と湧いてきたのだ。

その後2013年に双日を退社し、採用管理システム『sonar ATS』を世に広めることに。

そこからは経営者として多忙な日々を送る吉田氏だが、どんな人間でも、1日に与えられた時間は平等に24時間のみ。吉田氏が採用コンサル時代に感じたように、誰もが使えるリソースには限りがある。2022年の資金調達を終え、Thinkingsの次なる成長線を描くために、今後何にリソースを割くべきか決断を迫られた吉田氏が「やめたこと」とはなんだろうか。

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「独自の経済圏で戦う」ことをやめた

2013年に起業してから5年が経ち、事業は順調に伸びつづけた。しかし、『sonar ATS』の導入社数が500社を超えたころ、吉田氏はある分岐点に立たされる。

それは、今後『sonar ATS』で提供する各機能・ツールを全て自社開発でまかない、一気通貫型の独自の経済圏をつくるのか。あるいは、自社ならではの専門性に特化し、それ以外は他社と手を組んで、さまざまなツールを追加していけるプラットフォームを構築するか、という2つの道である。

吉田『sonar ATS』をリリースした当時は、将来的なプロダクトの拡張について、自社開発で独自の経済圏を築くのか、自分たちはプラットフォームとなって他社と手を組んで進めていくのかという2択の方向性については、はっきりと考えていませんでした。

とはいえ、採用業務における課題解決を担う上での最適なツールの提供と、企業と採用候補者をマッチングできる採用管理の仕組みを提供していきたいという考えは、創業当初から持っていました。

しかし、当時のプロダクトのままでは「世の採用担当者の業務過多」を解決できないと考え、事業として次のステップに進まなくてはならなかったんです。

二者択一を前にして吉田氏が選んだのは、顧客企業を独自の経済圏で囲い込むのではなく、顧客企業の採用担当者が採用に関するHRツールを自由に選べるエコシステムを提供する、プラットフォーム運営に舵を切ることだった。この意思決定は会社の命運を握る大きな決断だったが、意外にも社内からの反発はなかった。

吉田弊社では常々、お客様の立場になって考えることを徹底してきました。今後のプロダクトの拡張戦略を決断する時も、目の前にいる顧客企業の経営者や採用担当者の立場になって考えてみると、これまで使ってきた他社のプロダクトとの連携ができない排他的な経済圏に囲い込みをされて嬉しい人はいないだろうと思ったんです。

特に新しいテクノロジーを使ったツールは時代によってトレンドが変わりますよね。例えば、世の中におけるかつての連絡手段は手紙やハガキが一般的でしたが、それが時代を経て電話やメールに変わり、現在はSNSで連絡を送り合うのが当たり前になっています。

したがって、トレンドの流れが激しいなかで、ツールの自社開発にコミットしてしまうと、そのツールが時代遅れになってしまった場合に、そこからのピボットに苦心してしまうと考えたんです。

お客様としても、常に最新のトレンドに合ったツールを、すでに使っているツールに付け外しできるほうが便利ですよね。こうした背景から、我々はHRツール導入支援プラットフォームというポジションを取るに至りました。

これは、社内のメンバー全員が、カスタマーファーストで事業を進めるという目線を共有できていたからこそ、スムーズに決断できたのだと捉えています。

各種HRツールの付け外しが可能な互換性の高いサービスに成長させたことで、『sonar ATS』は競合との差別化に成功し、現在は国内ATS(採用管理システム)の中でもトップクラスの連携ツール数を誇っている。

また、その他にも『sonar ATS』が大企業から選ばれつづける理由がある。それは、同社のプラットフォーム上で連携する他社のHRツールの導入コストの低さだ。一般的に、企業が新たなHRツールを導入したいと考えた時、組織が大きければ大きいほど、それまで利用したことのないツールを導入するには社内合意を得るための時間が必要だ。

しかし『sonar ATS』を活用している場合、他社のHRツールの導入検討であったとしても、『sonar ATS』上で提携しているツールであれば、それはあくまで『sonar ATS』サービスにおける追加機能として扱われ、購入することができる。すなわち、完全に新規でHRツールを契約するよりも、圧倒的に社内稟議に要するコストが低いという副次的なメリットもあるのだ。

このメリットは、コロナ禍で出社ができない状況下において、新規取引先の審査が進められないという大企業が多かったため、大いに役立った。

さらに、プラットフォーム上で他社のHRツールを連携させ、その提携数を増やしたことによる効果は、顧客満足度の向上だけではなかった。他社のHRツールの代理販売と、他社のシステムを自社のシステムに組み込んでソリューションパッケージに変換した形で販売するという2通りの方法で収益を得ることができるようになり、売上の向上にも大きく貢献したのだ。

Thinkingsのサービスづくりの根底に流れる、お客様の利便性を追求したカスタマーファーストの精神が、『sonar HRテクノロジー』を成長させたといえよう。

このように、サービスのブラッシュアップを経て、連携ツールを続々と増やしている『sonar HRテクノロジー』。ここから先はどんなビジョンを描いているのか。次のセクションで見ていきたい。

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「採用をゴール」にするのをやめた

採用を支援するといっても、入社した人材が企業で活躍できなければ、採用に成功したとは言えない。吉田氏は、企業の採用において、採用コストや採用担当者のKPIばかりが評価の軸になっている現状に違和感を持つ。

吉田採用は、あくまで組織づくりの入り口に過ぎません。入社後に社内で活躍できたかどうかが重要なのにも関わらず、どこの会社も入社式が終われば、新入社員の採用後のサポートから手を離してしまうことが多いのが現状ではないでしょうか。

昨今では、経営資源である「ヒト、モノ、カネ」の中でも、特に「ヒト」の重要性が高まってきました。それが「人的資本経営」の考え方が広がってきている背景でもあります。そんな「ヒト」を事業領域としている我々が、人材の活躍までをサポートできないと、「ヒト」の領域をカバーできているとは言えません。

だからこそ、我々は「採用」をゴールにするのではなく、「活躍」をゴールに置くことで、そこから逆算して、どう採用するかを考える設計に持っていきたいと考えたんです。

「採用」を起点に事業をスタートしたThinkingsだが、その後の「活躍」も含めて支援する総合的な人材プラットフォームを目指したいと語る吉田氏。実はこの課題、彼は採用コンサル時代から抱えていたものだった。

吉田採用コンサルの現場で働いていたからこそわかりますが、多くの採用担当者や人事担当者は、人材の活躍までをサポートしなければいけないこと自体はわかっているんです。一方で、企業の採用フローは、まだ新入社員の活躍までを目指した設計にはなっていないところがほとんど。

またそもそも、「活躍」について定義することが難しいですよね。職種や立場、担当業務によって、要素や変数、成果指標が大きく変わる。人事のみなさんがなかなか取り掛かれないのも当然です。

でも、私たちがあきらめてしまってはいけないと思い、この「活躍」を実現するまで、地に足のついた形で支援していくことを決めました。具体的には、採用後の活躍に向けた目標設定や成長度合いの進捗確認をもっと綿密にサポートしていく必要があると考えています。

昨今、注目されているタレントマネジメントというよりは、入社してからのオンボーディングの管理や支援に我々のテクノロジーを活かし、どんな企業でも人材育成に取り組めるよう仕組み化していくことがThinkingsの次のフェーズになると考えています。

先進的な企業の中では、自社でこれまで活躍してきた人材のデータを集め、今後のオンボーディングに繋げようとする試みがなされている。しかし、多くの企業はまだ採用がゴールの状態に留まったまま。

現場の悩みを肌身で感じ、採用を専門に取り扱ってきた吉田氏だからこそ、採用から人材育成へと事業を1歩前へ進めていきたいという想いが伝わってくるだろう。

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「オフィスで働くこと」をやめた

独自の経済圏の構築をやめ、「採用」から「活躍」へと企業の課題解決のゴールを変える。会社の成長のために、さまざまな決断を下してきた吉田氏だが、自社での働き方に対しても戦略家な一面が垣間見えた。

吉田コロナ禍を経て、リモートワークから出社へと切り替える企業が増えましたが、弊社ではあえてフルリモートを貫くことに決めました。

なぜなら、他の企業と同じことをしても、同じ結果しか得られないと考えたからです。我々のような小さなスタートアップが、これまでリアルな現場における生産性の向上に力を注いできた大企業と、「オフィス出社での生産性向上」というレースで競ったところで、勝ち目はありません。

でも、フルリモートで事業推進を図るという、どの会社もほとんどゼロの状態から始まった競争なら、勝ち筋が見える。こうしたズレや歪みは、企業にとってビジネスチャンスです。変化がある時だからこそ、逆張りでフルリモートによる事業推進を極めたいと思ったんです。

吉田氏ならびに創業初期から関わるチームメンバーは、コロナ禍になる以前より徳島と東京の2拠点で開発を推進していたため、そもそもリモートワークに慣れている。そんななか、コロナでほとんどの業態がリモートワークを強いられた時に、吉田氏は大企業でもリアルからリモートへの切り替えに苦労している姿を目の当たりにした。

その状況を見て、リアルでの業務に長けた大企業にオフィス出社を前提とした生産性の向上で追随するのは難しいが、フルリモートならば、これまでの知見を活かし、さらにリモートワークに関する経験値を貯めていけるだろうという「逆張り」の発想が浮かんだ。

現在、Thinkingsでは2021年8月の本社全面リニューアルを機に、オンラインとオフラインで働く社員がその時々で共存できる環境や仕組みを設計した。全社員がリモートワーク勤務を基本とし、オフィス出社か自宅勤務のいずれかを、チームや個人単位で選択できる。

自身もフルリモートで働いているという吉田氏だが、新しい働き方を経て見えてきたのは、他社との競争における勝ち筋だけではなかった。

吉田フルリモート勤務にしてから、社員から家族との時間が増えたという意見がたくさんあがりました。

出社していると、子どもが親の働いている姿を見る機会はほとんどありませんが、フルリモートだと家で子どもが親の仕事をしている姿を間近で見られるんですよね。

「職住近接」という言葉もあるように、親が家の中で働いている一昔前の日本社会のような状況が一部再現されており、この点が意外にもメリットになっているのではないでしょうか。

社員にも良い影響が現れていると語る吉田氏だが、フルリモートによって日々の業務や業績への悪影響はなかったのかが気になるところだ。

「一概にフルリモートのおかげだけとは言えないが、リアル勤務の時に比べて、商談数は増えて受注率も上がっており、元々フルリモートに近い働き方をしていたエンジニアの働き方も大きくは変化していない」という吉田氏。

とはいえ、会社での日々のコミュニケーションが確実に減っているため、新入社員への負担は大きいのではないかと心配している面もある。そこで、取材に同席していた社員の五十嵐氏に、実際の状況を聞いてみることにした。

五十嵐私は2023年4月に入社してからずっとフルリモートで働いていますが、今のところまったく困っていません。

オンラインでのやり取りがベースになっているおかげで、いい意味で相手の状況を気にしすぎずにコミュニケーションが取れるので、業務の進行がスムーズなんです。

出社すると、「今は忙しそうだから話しかけるのはやめよう」といったコミュニケーションのタイムラグが発生するのが稀に起きる悩みだったので、私はむしろフルリモートが向いてます。

社員の満足度が上がっているのと共に、働く場所を選ばないフルリモート勤務は人気が高く、自社の採用にも役立っているとのこと。

先の見えない世の中で、「逆張り」はある意味大きな賭けになるが、吉田氏の持つ戦略思考は、そんな難しい賭けをも味方につけているように思える。

「カスタマーファースト」と「逆張り精神」。そのどちらも持ち合わせた吉田氏が、今後どのように会社を成長させていくのか、Thinkingsの次の姿に期待が高まる。

こちらの記事は2023年09月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

目次 ほたる

2000年生まれ、東京出身。家事代行業、起業、スタートアップ企業の経理事務、ライターアシスタントなどを経て、2019年にフリーランスとして独立。現在はライターとして取材やエッセイの執筆を手掛けるほか、ベンチャー企業の広報部に参画している。主な執筆ジャンルは、ビジネス・生き方・社会課題など。個人で保護猫活動を行っており、自宅では保護猫4匹と同居中。

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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