優秀な人材を転職「前」から刺す方法──リクルートメント・マーケティングを実践する2社の採用戦略
Sponsoredエントリーした採用候補者を選考し、内定を出す──。当たり前のようにおこなわれてきた採用活動が、変革を迎えている。採用難度が高まり、待っているだけで人を集めることが難しい今、企業は自らの思想や風土を発信し、顕在・潜在問わず採用候補者と中長期的な関係を築くことが求められている。
その中で近年注目を集めはじめているのが、採用活動にマーケティング的フレームワークを取り入れた「リクルートメント・マーケティング」だ。この概念を提唱するのが、ビジネスSNS「Wantedly」を運営するウォンテッドリー株式会社である。
同社でリクルートメント・マーケティングを啓蒙するRecruitment Marketing Evangelist / Business Hiring Managerの小池弾氏と、採用ファネルによって「適切なアプローチ」を変えて、採用候補者に届ける記事を作るメディア「FastGrow」編集長の西川ジョニー雄介が、『採用候補者との関係構築』をテーマに語りあった。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
なぜ、採用をマーケティング的に捉えなおすのか?
はじめに、「リクルートメント・マーケティング入門」をリリースされた経緯を教えてください。採用活動にマーケティング的フレームワークを取り入れ、潜在的な候補者へ転職を考える前のタイミングからアプローチする重要性や手法を提唱されています。
小池採用市場と採用候補者双方の変化が挙げられます。まず、そもそも労働人口が減ってきていて、もはや顕在層へのアプローチだけでは採用しにくくなってきている。それに加えて、採用候補者自身の情報収集や意思決定の最適化がより進んでいるんです。
テクノロジーの進歩により、世の中に出る情報の量は、この10年ほどで右肩上がりで伸びています。しかし、人の情報の処理能力はほぼ変わっていない。そうなると、自分が興味のある分野の情報としか接しなくなりますよね。
付随して、転職に関しての考え方も、これまでの終身雇用時代において“非現実的”な行動だったものから、人によって短期長期あれど、キャリアの中で何度か経験する“現実的”な行動へと意識が変わっています。
日常のなかで将来的なジョブチェンジを意識しながらありとあらゆる情報に接する今のユーザーの動きからすると、転職活動を具体的におこなうタイミングでは、すでに興味関心から企業や業界などを絞り込んでいる可能性が高い。
選択肢に入れてもらうためには、候補者が転職を考える前のタイミングで企業のことを知ってもらい、興味を育てていくことが大切です。
ジョニーマーケティングでいうところの、「リードジェネレーション」と「リードナーチャリング」ですね。つまり、採用候補者が転職を意識する“前”から勝負はついていると。
小池その通りです。こうした「リクルートメント・マーケティング」の考え方は、海外では一般的です。中長期的に入社を検討したい人に向けた「タレントプールエントリー」というものがあり、登録すると定期的に情報が届く仕組みを提供する企業もあります。
また、「リクルートメント・マーケター」という職種も存在していて、日本に比べて採用候補者との中長期的な関係構築に力を入れている印象がありますね。
“認知のギャップ”を埋めることが、候補者の興味・検討につながる
具体的には、どのようにして採用にマーケティングのフレームワークを応用していくのでしょうか。FastGrowで取り組んでいる事例などはありますか?
ジョニー採用のファネルにおける「認知」「興味」「検討」のどの部分にアプローチしたいのかによって、適切なアプローチは変わってきます。たとえば、ラクスルのCEO 松本恭攝さんの記事は、「認知のギャップ」を埋めて「興味・検討」のフェーズに候補者を持っていくという目的に対し、インタビュー記事を用意しました。
小池なぜ、「認知のギャップ」を埋める必要があったのですか?
ジョニーラクスルは2018年5月に東証マザーズに上場し、「ここから加速度的に、毎年2倍成長を目指していこう」という想いを持っていました。そのために、創業期のスタートアップに入社するような「自分の手で市場を切り開いていきたい」という成長意欲のある社員を採用したいと考えていたんです。
しかし、そうした候補者にとって、上場した会社というのは「すでに完成された会社」というイメージがあり、魅力的には映りにくい。そこで、ラクスルの「“率”の成長を複利的に積み上げる事業戦略」や「若手BizDevを中心とした組織体制」といった、成長環境を発信することで、ギャップを埋めていこうと考えたんです。
小池自社に入社してほしい候補者が「今どんな状態で、どんな態度変容を起こして、最終的にどうなってほしいのか」を描くという意味では、マーケティングと思考は変わらないですよね。
ジョニーそうですね。そうした意味では、自社への「興味」が薄くなっている状態の採用候補者にインタビュー記事を届けたことによって、「検討」のフェーズに変化させる例もあります。
新卒採用を視野に入れて、8月にサマーインターンを実施する企業も多いと思いますが、優秀な学生に出会っても、実際に内定を出すのはもう少し後になります。そこで、以前FastGrowで連載させていただいたとある大手ベンチャー企業では、学生に対して社長の取材記事を送り、「この社長と実際に会って、話をしてみませんか?」と連絡。そうすることで、数カ月間連絡が途絶えていた学生から連絡が返ってきたそうです。
小池確かに。採用候補者との関係構築が長期的なものになればなるほど、継続的に企業からアクションをしかけていくことは大切だと思います。
“誰”に届けたいのか?カギを握るのは、ターゲットへの価値提供
発信の目的を明確にし、採用候補者の状態を見極め、継続的にアプローチをすることの大切さはわかりました。そうした中で、採用候補者に届くコンテンツをつくるためには、どのようなことを大切にするべきですか?
ジョニー「採用したい人材が、何に興味があるのか」を徹底的に洗い出すことが大切だと思います。FastGrowの場合は、「イノベーターの成長を支援し、未来社会を共創する」というミッションを掲げています。そのため、僕たちのターゲットは「学生」や「20代〜30代のイノベーションやビジネスのトレンドに興味がある人」です。
彼らはハイキャリアを目指しているので、「目の前の仕事を頑張りたい」という意識が強い。だからこそ、仕事に役立つ情報は読まれると感じています。
小池ターゲットの興味関心に対する解像度を上げるために、何かおこなわれていることはありますか?
ジョニー直接「会って聴くこと」を心がけています。FastGrowには会員のユーザープールがあるので、必要に応じ、クライアントの採用広報を目的にした記事を制作する前に、採用ターゲットへ直接ヒアリングをすることもあります。その時に出たクライアント企業に対する疑問や不安の“答え”、“カウンタートーク”をしっかり取材で引き出し、記事に盛り込むようにしていますね。
たとえば、先ほどのラクスルの記事では、松本さんに「上場してしまいましたし、今さらラクスルに入っても面白くないですよね?」という疑問をぶつけました(笑)。
すると、「我々は『小さな組織で大きな仕事を手がける』ことを志向する会社です。ゆえに、BizDevのリーダーシップが成長率を左右する。逆に言えば、リーダーシップさえ持っていれば、年齢に関係なく活躍できる。社内に10名ほどいるBizDevメンバーの平均年齢も20代ですし、実際に新卒3年目で数千億円規模のマーケットを一人で担当しているメンバーもいる」という力強い返答をいただき、この言葉に反応するであろうターゲットが持ちそうな疑問に答えました。
自分たちでユーザープールを持っていない場合は、ターゲットとなる人たちが集まるイベントへ足を運んで、実際に話を聴いてみるだけでも得られるものがあると思います。
小池直接会えない場合はどうしていますか?
ジョニーその場合は、TwitterなどのSNSを通して「ターゲットがどんな人たちをフォローしていて、どんなトピックスに興味を持っているのか」をリサーチしていますね。ターゲット自身というより、その先にある話題や人を知ることが重要だと思います。
小池ターゲット、つまり採用候補者が何を見ているのかを知らないと、どんな情報を発信すべきかわからないですから、リサーチは必要不可欠ですね。
「ターゲットに刺さる記事を発信する」という意味では、ウォンテッドリーでもCFOの吉田祐輔がWantedly Corporate Team Blogに出した記事をきっかけに、採用につながった例がありました。経営企画系のノウハウを週に1本発信した結果、長いこと獲得できなかったポジションの人が興味を持ってくれて、採用に至ったんです。
候補者の求める情報発信が「このCFOのもとで経験を積めるのであれば、働きたい!」という思いにつながったのではないでしょうか。
ジョニーそう考えると、やはり“誰に届けたいのか”を意識することは大切ですね。リクルートメント・マーケティングに取り組むことになった時に、発想が物量合戦に向きがちです。「とにかく毎日コンテンツを出すことが大切」と考えてしまう人もいるのですが、まずは採用候補者をしっかり知ることを意識してもらいたいですね。
小池採用候補者を見るためのイベントを設計する際に、例えばヌーラボさんは「社員が参加したいイベントになっているか」を意識しているそうです。
結局、社員が楽しめるイベントじゃないと持続的に開催することができないし、採用候補者も社員の様子を見て、その会社の雰囲気を知るということを話していました。それを聞いて、なるほどなと感じましたね。究極、社員に届かないものは社外の人にも届かないと言えると思います。
KPIの第一歩は「数値化→質」の二段構えで設定する
とはいえ、急に「中長期を見据えた採用を」と言われても、現場はすぐに人が必要で、「リクルートメント・マーケティング」のアプローチへ切り替えるのも難しいようにも思います。実戦に向けて、まずやるべきは何だと考えますか?
小池まずは数値化することです。事業部から採用のオーダーが来た時に「自分たちのターゲットが世の中にどれぐらいいるのか」、「その中で、転職を検討している人はどれぐらいなのか」を概算でいいので、一度割り出す。その数字がわかって初めて「募集する職種を広げるべきなのか」、「もう少し時間や予算をかけるべきなのか」、「中長期で向き合うべきか」という策が見えてくるのではないでしょうか。
ジョニーそうですね。加えて、予算をかけるのであれば、“質”の検証も大切です。僕がFastGrowでの掲載に悩んでいる方には、「まずは1本記事を出して、その記事と連動したミートアップを1回開いてみる」ことをオススメしています。
そのサイクルを一周してみると、どんな人に刺さり、その人たちが就職・転職マーケットにいる人と比べてどのような質の違いを持つのかが見えてくる。これは相性の問題もあるので、一周してみなければ見えない部分でもあります。意味があればもう1サイクル回してみるトライが必要ですね。
小池むしろ、最初から採用を目的にサイクルを回してしまうと、本末転倒になりそうですね。本当に採用したい人たちが記事を読んでくれているか、イベントに来てくれているのかを追えるようなKPIを設けることで、より本質的な取り組みにできると思います。
ジョニーそれぞれでのアプローチで適切なKPI設計は欠かせないですね。その点だと、FastGrowを年間で活用いただいているパナソニックさんは非常に素晴らしい設計をされていました。彼らが重視するのは、PVではなくエンゲージメント。「どれぐらい見られたか」よりも、「いいね・シェア」に重きを置いているんです。
採用ターゲット層に刺さる企画、コンテンツを検証し、最適なコンテンツは公開後に自社でSNS広告を配信しているんです。「共感を生むコンテンツ」をしっかりとターゲットに読んでもらうよう、記事出稿している媒体の読者に限らず、より広く採用ターゲットに記事を届けられるように運用されていると話していました。
最後に、スタートアップが「リクルートメント・マーケティング」とどう向き合うべきかを教えてください。少ないリソースの中、中長期でと言われても判断が難しい場面もあると思います。どのようなマインドセットで向き合うべきでしょうか。
ジョニー情報発信の捉え方を変えてみることではないでしょうか。FastGrowには、シタテルさんのようなシリーズAやBのスタートアップでも、記事出稿を年間契約をしてくださるお客さまがいらっしゃいます。彼らが予算を出せるのは“外部コミュニケーション”として情報発信を捉えているからなんです。
採用はもちろんですが、コミュニケーションは、結果的に見込み顧客や他のメディア、社会へも届くこともある。リクルートメント・マーケティングを採用だけで捉えるのはもったいない。ビジネスにもインパクトを起こせる可能性まで加味して、向き合うべきだと思いますね。
小池近しい話ですが、組織づくりや採用への考え方を再定義することが大切だと思います。労働市場自体がテクノロジーの台頭で変化を遂げる中、求められる人材も「決められたことをこなす人」ではなく「アイデアを出せる人」に変わってきています。
そうなると、「文化に合う人」が集まり、その人たちがイノベーションを起こすような“人ありきの事業”に変わっていくと私は考えています。「この会社で一緒に何かやりたい」という共感してくれる人を採用するためには、中長期的な関係構築が必要不可欠だと思います。
【9/30 19:30〜】採用・組織の最前線を事例で語り尽くす
こちらの記事は2019年08月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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