連載あの執念の正体

親の背中から巨大市場へ。「他人が決めたゴール」を捨て、泥臭い一次情報で勝ち筋をあぶり出す──ゼンシン代表・岸本氏の自律と実践の経営哲学

岸本 雅史
  • 株式会社ゼンシン 代表取締役 

神戸大学経営学研究科出身。大学在学中に株式会社LabBaseへ9人目の社員として参画。営業やマーケティングの立ち上げ、エンタープライズ向け営業責任者、新規事業開発などを歴任し、従業員100名規模への成長をビジネスサイド全般から牽引した。その後、株式会社Xpotentialに5人目の社員として入社。営業・人事・コンサルティングなど幅広い業務に従事し、AIを活用したプロダクト開発や販売を推進。その後、株式会社ゼンシンを創業し、代表に就任。

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スタートアップといえば、シード期からエクイティ調達を行い、数年後の上場やバイアウトという「エグジット」に向かって一直線に走るのが定石とされている。しかし、営業と採用という企業の推進軸に特化したコンサルティングおよびBPO事業を展開し、さらに医療・介護領域での人材紹介事業へと急速に展開を広げる株式会社ゼンシンの代表・岸本 雅史氏は、そのルートをあえて選ばなかった。過去2社のスタートアップで目の当たりにした、資本の論理によって経営の自由度が奪われていくリアルな光景が、彼に「完全自己資本」という道を選ばせたのだ。

日本政策金融公庫からの創業融資を原資に、創業初年度から大幅な黒字化を達成。急成長軌道を描くその行動力の源泉は、スマートなビジネスモデルの構築などではない。自身の親が介護士であったという原体験と、創業前に1年間、医療機関に「ベタ付き」で入り込み、現場の声を拾い続けた執念にある。ロジックの前にまず圧倒的な一次情報を取りにいく岸本氏の、泥臭くも純度の高い事業創出の哲学に迫った。

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「エグジット」という他人のゴールを手放す。完全自己資本で守り抜く経営の自由度

現在のスタートアップエコシステムにおいて、あえてエクイティ調達を行わず、自己資本と融資のみで挑む選択をした背景には、どのような原体験があるのでしょうか。

岸本過去に創業メンバーとして関わってきたスタートアップでの経験がすべてです。当時は、外部環境の急変や急速な拡大フェーズにおいて、組織の目指すべき方向性や意思決定のあり方が急激に変容していくプロセスを間近で見てきました。

資金調達をすれば、一定期間内でのエグジットが絶対的な前提となりますよね。しかし実際に経営の舵取りを行う中では、市場や組織の状況変化に伴って、事業の方向性や投資の時間軸を臨機応変に変更したい局面が必ず訪れる。そうした際に、自律的なコントロールや軌道修正が難しくなる構造に対して違和感を持ち始めました。だからこそ、自分たちで事業のアクセルとブレーキを踏める完全自己資本の環境にこだわったのです。

しかし、自己資本のみでの成長はリソースの制約も厳しくなります。そのプレッシャーの中で、1期目から複数事業を立ち上げ、一定の売上/利益を達成できた理由は何でしょうか。

岸本投資判断の重みをこれでもかと理解しているからです。外部資本が入っていない分、自分たちが営業支援事業で稼ぎ出した利益を、そのまま次の人材紹介事業や訪問リハビリ事業へと再投資していくしかありません。無駄な予算を使う余裕など一切なく、「どうすれば限られたリソースで顧客の期待を超える成果を出せるか」だけにフォーカスしてきました。自己資本による制約は、むしろ事業に対する解像度を強制的に引き上げ、最短距離で結果を出すための筋肉質な組織を作る原動力になっています。

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親の背中と1年間の現場密着。泥臭い一次情報だけが「オペレーションの勝率」を上げる

数ある社会課題の中で、医療・介護領域、特に看護師の人材紹介事業に狙いを定めたのはなぜですか。

岸本私の親が介護士であったという個人的な背景が根底にあります。医療や介護の現場がどれほど過酷で、同時にどれほど社会に不可欠かを幼い頃から見てきました。ただ、事業として取り組む以上、感情論だけでは勝てません。この巨大なマーケットにおいて、革新的なテクノロジーではなく、正しいビジネスオペレーションの実行によって勝算が見込める領域を探し続けました。

その「正しいオペレーションの勝算」は、どのようにして見つけ出したのでしょうか。机上の空論ではなく、確信に至ったプロセスを教えてください。

岸本創業する前の1年間、実際に医療機関にコンサルタントとして入り込み、現場に完全にベタ付きしました。そこで社長や看護師たちに徹底的にヒアリングを行い、他の人材紹介会社がどのように動いているのか、現場が何に不満を持っているのかという一次情報を集め続けたんです。

その泥臭い調査の中で、私たちが得意とするSNSのグロース運用と、エンジニア主導による業務のAI化を掛け合わせれば、既存のプレイヤーが抱える集客コストや非効率なマッチングの構造を根本から変革できるという確信を得ました。現場のリアルな痛みを知らずして、事業の優位性は構築できません。

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PLの最上段に「顧客満足度」を据える。事業を創る人材への並々ならぬ投資と執着

創業初期から、フェーズの近い他社スタートアップを巻き込んで2ヶ月に1回の合同研修を実施するなど、若手やBizDev(事業開発)人材の育成に並々ならぬ熱量を注いでいます。

岸本組織の成長は、自ら事業を創り、数字に責任を持てる人間の数で決まるからです。創業期のベンチャーは、目の前の実務に追われて視野が狭くなりがちです。だからこそ、外部の経営者や他社のエースと触れ合う機会を強制的に作り、マインドセットや戦略思考をインストールする場を設けています。

実際、エンジニア出身の責任者が入社1年で人材紹介事業を立ち上げて単月黒字化を達成し、27歳の若手が1ヶ月で事業責任者としてPLを担うまでに成長しました。彼らが高い基準値で事業を推進してくれるからこそ、会社は前進できるのです。

岸本さんが会社のKPIとして、売上ではなく「顧客満足度」や「業務委託メンバーへの平均報酬額」を追いかけているという事実にも驚かされました。

岸本美しいミッションやビジョンを掲げても、日々の数字に追われれば現場は顧客の存在を忘れてしまいます。売上というのは、あくまで顧客に価値を提供し、満足していただいた結果として後からついてくる指標に過ぎません。だからこそ、PLの最上段に「顧客満足度◯◯億円」という目標を置き、一緒に働いてくれるメンバーへの報酬額や事業開発人材の輩出数を明確なKPIとして設定しています。

数字の裏には必ず人がいる。その事実から決して逃げず、メンバーの人生を豊かにするという責任を背負い切ることが、私の経営者としての覚悟です。

FastGrowの見解

「他人の資本」に依存せず、自身の行動量と決断だけで事業を成立させる岸本氏の姿勢は、極めて野性的でありながら、徹底的に理にかなっている。親の背中を見て育ち、現場の一次情報に執着するその人間臭い熱量が、結果として「ソリッドベンチャー」という極めて強靭な事業基盤を生み出している事実に圧倒された。

しかし、彼が現場密着の果てに見つけ出した「SNS集客の独自の構造」や、元エンジニアの右腕が実装する「業務AI化のメカニズム」が、具体的にどのように機能し、業界平均を覆す紹介手数料20%という破壊的なコスト構造を実現しているのか。その事業構造の深淵は、今回の対話だけではまだ全貌を見せていない。ゼンシンの強さを証明する「仕組み」の解剖は、次なる機会に譲りたい。

こちらの記事は2026年06月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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