「1秒で仕事に就ける世界がつくれるまで、Indeedは成功したと言えない」──Indeed買収の軌跡とPMIノウハウを、XTech西條氏がリクルート出木場氏に訊く

登壇者
西條 晋一

1996年に新卒で伊藤忠商事株式会社に入社。2000年に株式会社サイバーエージェントに入社。2004年取締役就任。2008年専務取締役COOに就任。国内外で複数の新規事業を手掛ける。2013年に数百億円規模のベンチャーキャピタルである株式会社WiLを共同創業。2018年、XTech、XTech Ventures株式会社の2社を創業、エキサイト株式会社をTOBで全株式取得し、完全子会社化。

出木場 久征
  • 株式会社リクルートホールディングス 代表取締役社長 兼 CEO 

1999年 当社入社。旅行領域の「じゃらん」や美容領域の「Hot Pepper Beauty」をはじめ、数々の情報誌のネットメディア化、オンライン予約一般化等、デジタルシフトを牽引。2012年 執行役員就任後、同年自身が買収を推進した米国 Indeed, Inc.のChairmanに就任。同社CEO&Presidentを経て、2016年より当社常務執行役員、2018年より専務執行役員としてHRテクノロジー事業を飛躍的に成長させ、当社グループのグローバル化を強力に推進。2019年 取締役就任、2020年より副社長執行役員を兼任し、ファイナンス本部、事業本部(COO)を担当。2021年より代表取締役社長 兼 CEO。

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グローバル市場で勝てるスタートアップをいかに生み出すか──スタートアップ界隈のみならず、国としての重要なテーマの一つだろう。海外進出を果たすスタートアップは増えているが、GAFAのようにグローバル市場の覇権を握るスタートアップが国内から生まれていないことは紛れもない事実だ。

グローバル市場でプレゼンスを発揮する企業を生み出すべく、スタートアップの経営者たちは何を考え、どんな戦略を取るべきなのだろうか。そんな問いへの答えを探るべく、XTechは2021年3月25日、「Indeedの経営から学ぶスタートアップの事業を急成長させるポイント」と題したオンラインイベントを開催した。本記事では、登壇者であるXTech代表取締役CEO西條晋一氏と同年4月にリクルートホールディングス(以下、リクルートHD)代表取締役社長兼CEO(イベント開催時は同社取締役兼副社長執行役員)出木場久征氏の対談内容をレポートする。

出木場氏はリクルートHDが買収した、求人情報検索エンジン『Indeed』を展開するIndeedのCEOを務め、同サービスを世界60ヶ国以上で利用され、月間ユーザー数2億5,000万人を誇るグローバルプラットフォームにまで成長させた実績を持つ。一方の西條氏は、ベンチャーキャピタリストとして数々のスタートアップの成長を支援し、自らも起業家として複数の事業会社を成長に導いてきた。

イベントでは西條氏が聞き手として、出木場氏にIndeed買収の経緯や、同氏が持つ経営哲学を聞いた。日本を代表するグローバルカンパニーの1社であるリクルートHDを率いる新リーダーが語る、企業経営の要諦とは。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
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「Indeed買収後、5年で管理職の離職ゼロ」
その秘訣は“買収先メンバーが楽しく働けること”

イベント冒頭、西條氏から投げかけられたのはIndeed買収に至った経緯に関する質問だ。2011年ごろ海外企業への投資を実施するチームを率いていたという出木場氏。Indeed買収のきっかけとなったのは、旅行領域のビジネスを展開する合弁会社の設立に向けて滞在していたインドネシアで見た光景だったと振り返る。

出木場合弁会社設立に向けてジャカルタに滞在していたとき、プロフェッショナルヒッチハイカーという仕事の存在を知ったんです。どんな仕事かというと、他人の車に相乗りしてあげるのが業務内容。というのも、ジャカルタは世界的に見ても渋滞がひどい都市なのですが、渋滞を緩和するために政府が「3人以上乗っていなければ街の中心部に入ってはいけませんよ」という法律を作った。

プロフェッショナルヒッチハイカーたちは、3人以上が乗っていなければ入れないエリアの入り口に立って、1人ないしは2人しか乗っていない車のドライバーに「1ドルであなたの車に乗ってあげますよ」と。

ずっと路上に立っていなければいけないわけですし、大変な仕事ですよね。現地の人たちに「他に仕事はないのか」と聞くと、「仕事は親戚や知り合いから紹介してもらうもので、紹介してもらえる仕事は限られているから、希望に合う仕事に就くことは難しい」と言うんです。

旅行事業を展開する合弁会社を立ち上げるつもりでインドネシアに行っていたのですが、その話を聞いて、仕事探しを便利にしたい!と思ってしまったんです。そこから、世界で戦える可能性を秘めたHRビジネスを展開している会社に投資をしようと考えるようになったんです。

2012年にはリクルート代表取締役社長兼CEOに峰岸真澄氏が就任し、HRビジネスのグローバル展開に一層注力する方針を明確にした。出木場氏が抱いた課題意識と会社としての指針が符合し、Indeed買収という一大プロジェクトが水面下で動き始めることになる。

しかし、グローバルにHRビジネスを展開している企業はIndeedだけではなかったはず。むしろ、買収が成立した2012年当時、Indeedはマーケット内で大きな存在ではなかった。峰岸氏自身、Indeed買収の提案を聞いたとき「『何だ、その会社は』と思った」と語っている。提案を行った張本人である出木場氏は、なぜ買収先としてIndeedを選んだのだろうか。

出木場有力な候補というわけではなかったんですよ。当時、Simply Hiredというサービスを展開している企業がかなりの額を調達していて話題になっていたのですが、Indeedはそのサービスと似たビジネスモデルだったので、いちおう会っておこうかと。

僕は当時から毎年100名以上のスタートアップの経営者と会っていました。ですが、みなさんだいたいおっしゃることは「うちはユーザーがどれくらいいる。売上はどれくらいある」といったような内容でした。

そんな中で、Indeedの経営陣は「こうすればユーザーの仕事探しをより快適に、便利にできると考えている」といったことしか言わなかったんですよね。「うちはジョブシーカーファースト。仕事を探している人たちのためのサービスをつくることが最優先なんだ」と。その言葉を聞いて、この会社はおもしろいと思ったんです。

企業としてのスタンスに、他社との違いを嗅ぎ取ったのだ。当時、Indeedの売上は60~70億円ほどだったそうだが、ユーザー数などのデータを聞いた出木場氏は、リクルートで数々のビジネスをグロースさせてきた経験から、大きく成長させられる確信を持ったという。そうしてリクルートは数百億とも数千億とも言われる資金を投じ、Indeedを完全子会社化したのだった。

ここでベンチャーキャピタリストとして、また経営者として数々の投資や企業買収に携わってきた西條氏ならではの質問が飛んだ。

西條買収時の条件などについてもお聞かせください。買収後、経営陣には「どれくらいの期間残ってもらう」や「これくらいの利益が出たら、どれくらいボーナスを払う」といった、ロックアップやアーンアウトに関する条項はどのようなものだったのでしょうか。

出木場具体的な数字は言えませんが、一定期間は残ってもらって「それ以上残ってもらう場合は追加で報酬を支払います」といった一般的な買収スキームでした。逆に言えば、ある程度残ってくれたらあとは自由に辞めてもらえるようにしていたのですが、結果的にはマネージャーまでを含めた16人の管理職は、買収後5年が経っても誰も辞めなかった。

西條5年間誰も辞めなかったんですか?それは相当すごいですね。

出木場アメリカのあるベンチャーキャピタルが決めた「過去10年のベスト買収トップ10」といったランキングのトップ3に、Indeed買収が入っていたんですよ。アメリカでも、買収スキームやその後のマネジメントが評価されていたということでしょう。

「5年間も管理職が辞めないなんてどんな魔法を使ったんだ?」と聞かれることもあったのですが、大したことはしていなくて。ただ、買収前から在籍しているメンバーたちが楽しく働ける環境をつくることにはこだわっていました。

たとえば、ロックアップの期間はなるべく短くするとか。僕自身、辞めたいと思っているのに辞められないといった状況は嫌ですし、やる気なくなっちゃうじゃないですか。単純に、仕事を楽しんでいる人たちが多いほうが成果を出せると思うんですよね。

買収後、エンジニア組織の中で重要なポジションを務めているメンバーが「お金ももらったし、あまりやる気が出ない」と相談してきたことがありました。そのときは、「好きなだけ休んでいいよ」と。「またやりたくなったら戻ってきていい。それまでは有給扱いにしておくから」と伝えたら、1週間後には戻ってきて、バリバリ働いていましたね。

誰でも「やる気が出ないな」って時はあるじゃないですか。僕もありますもん。大金が入ってきたらなおさらですよね。そういうときは休んでもらって、やる気が出てきたら働いてもらえばいい。すべてのメンバーが楽しく、やる気に満ちた状態で仕事に臨める環境を整えることが重要だと思いますね。

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「日本から学びに来ました」なんて許されない。
海外企業PMIのキモは、「この日本人は結果を出すぞ」と思わせること

出木場氏は買収後、IndeedのChairmanに就任し経営に携わるようになった。先述の通り、リーダー層からの離職者を出さず、順調な組織運営を続けられたのは「Indeedという組織がすでに出来上がっていたから」と考える読者もいるかもしれないが、実情はそうではなかった。リクルートが買収した時点でのIndeedは、発展途上の組織だったのだ。

出木場Indeedの本社はコネチカット州にもあり、買収当時は本社にセールスが300名ほどいました。でも、僕が主に見ていたのはテキサス州のオースティンにある開発拠点の方だったんですよ。基本的にはオースティンに常駐し、エンジニア組織を見るのが僕の仕事で。

当時はエンジニアが36名、プロダクトマネジャーが6名という小さなチームでした。今でも覚えていますけど「はじめまして、デコって呼んでね」とメンバーたちに伝えるときは、マイク無しで十分全員に聞こえましたからね。それほど小さな組織だったんですよ。

着任した出木場氏がまず取り掛かったのは、エンジニア組織の拡大だったという。しかし、採用は思うように進まなかった。「1年で8人しか採用できず、『終わった』と思った(笑)」と振り返る。

出木場日本の企業が買収した会社だからこその難しさはあったと思います。いきなり変なアジア人がやってきて、変な英語で「一緒にやらないか」と言われたら、胡散臭いと思うのはしょうがないですよ。

当時は恥ずかしくて言えませんでしたが、8人採用するために125通もオファーレターを出しましたからね。そもそも、Indeed自体の知名度がそこまで高くありませんでしたし、その上日本企業の傘下だとなればそりゃ厳しいですよね。

サイバーエージェント在籍時、アメリカ法人の社長を経験した西條氏も、日本企業が海外拠点で採用をすることの難しさを知る一人だ。

西條僕がアメリカにいたときは、やはり現地で採用するのは難しいということもあって、日本からメンバーを呼んで駐在させることで組織を大きくしていました。リクルートからは何名ほどIndeedに出向していたのですか?

出木場僕1人ですよ。40名ほどの組織に単独で乗り込んで、そこから5~6年は僕1人でしたね。

リクルート本社からは「人を送り込んで、学ばせたい」という打診が幾度となくあったそうだ。しかし、出木場氏はその打診をすべて断っていたという。

出木場「学ばせたい」なんて、失礼じゃないですか。僕は真剣にビジネスをするためにIndeedに来たわけですし、元々いるメンバーたちも本気でIndeedを成長させるために働いているわけですよね。そこに「本社から言われて学びに来ました」なんて人材を送り込もうとするなんて、失礼な話ですよ。

本社の社長になった今でなら、メンバーを学ばせるために買収した企業に送り込みたいという気持ちは分かりますけど、当時は「ふざけるんじゃない」と思ってすべて断っていました。野球でたとえるならば、チームに来てすぐにホームランを40本打てる助っ人ならばぜひ来てほしいと思っていましたが、学びに来る人なんていらないと考えていましたね。

出木場氏のこうしたスタンスの背景にあるのは、リクルートの過去の失敗からの学びだ。リクルートはIndeedを買収する以前から、海外進出への挑戦もあった。その中で「失敗してしまったプロジェクトも少なからずある」と出木場氏。それらのプロジェクトにかかわったメンバーに「なぜ失敗したのか」をヒアリングし、得た学びをすべてIndeedの経営に持ち込んだのだと語る。

また、買収した企業の経営を担うにあたって最も重要なポイントは、自分が「他のメンバーから見て、使える人間であること」を証明することだと語る。

出木場買収した企業のメンバーたちから「どう見られているか」を、常に気にしなければなりません。アメリカの会社にアジアから社長がやってきて「みなさん、こんにちは。私が新しい社長です。私が所属している会社は本国で60年の歴史がある会社です。私が言うやり方で仕事をすれば、この会社も絶対に成長するから言うこと聞いてね」と言ったら、みんな辞めたくなると思うんですよ。

そんなことを言わずに、言うことを聞いてもらうためには自分が使える人間だということを証明して「この人の言うことは聞くべきだ」と思ってもらうしかない。僕にとってはすべての会議が勝負の場でした。

イメージしていたのは、ヨーロッパのリーグに挑戦した日本のサッカー選手。いきなり十分な出場機会を与えられる選手は少ないですよね。最初は試合終了10分前にピッチに送り出されることになる。その限られた機会を活かせるかどうかが、その後のチームでの立ち位置を決めるわけですよね。ゴールを挙げ続ければ「こいつ、使えるな」と思ってもらえるし、ゴールを決められなければチームからの信頼は得られない。着任して間もないころは、すべての会議やメンバーとの会話の中で“ゴールを決める”、つまり、重要な意思決定を必ず行い、結果を出し、自らの価値を証明し続けなければならなかったんです。

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月間ユーザー数は2億5,000万人。
それでも「『グロースした』なんて思ってない」

つづいて、西條氏から投げかけられたのは「リクルート流のやり方をいかにしてシェアしていったのか」という質問だ。

出木場細かな業務の進め方よりも、リクルートのカルチャーをシェアすることに注力しました。たとえば、長く務めてくれたメンバーが退職するとなったときに「いろいろ貢献してくれたから、送別パーティーをしようか」と言ったら「なんで辞める人のためにパーティーをするんだ」と。もちろん、そういった考え方が悪いというつもりはありませんが、会社に貢献してくれた人を、感謝を込めて送り出すのがリクルートのカルチャーなので。

配属に関する考え方も大きく異なっていましたね。買収以前のIndeedでは会社目線の配属、つまり「この人にはこの仕事をしてもらった方が、会社にとってメリットが大きい」といった考え方で配属が決められていた。しかし、リクルートは個人のwillを何よりも大切にします。「そのメンバーによってベストな配属をしなければ、本当の意味で会社と個人がwin-winの関係にならないよ」ということを言い続けましたね。

リクルートが掲げるバリューである「BET ON PASSION(個の尊重)」も、出木場氏がIndeedに根付かせた重要な価値観の1つだ。事業をグロースさせる上でも、この言葉が担う役割は大きい。

出木場たとえば、企業がテレビCMをつくるとき「最後確認は役員会で」みたいなことってあると思うんですよ。でも、役員たちがどれだけCMについて分かっているのかと。分かっていない人たちが口出ししても、いいことなんて無いんですよ。でも、こういったことをやってしまっている企業は少なくない。

一番詳しい人が判断した方がいいに決まっているんですよ。だから、Indeedにおいてもセールスに関することはセールスのトップに任せていました。アメリカにおけるコールドコールのやり方について、僕が口を出してもいいことなんてないんです。セールスのトップには「俺に説明する必要なんて無いから、あなたがベストだと思う方法でやってほしい」と伝えていました。

上に立つ人たちは「ノウハウや考え方のライブラリーであること」が大事だと思っています。メンバーたちに相談されれば「俺はこうしていたよ」と答えますが、そのやり方を強要してはいけない。「最後はあなたがベストだと思うやり方で」と任せることが重要だと思いますね。

「もちろん、誰彼構わず完全に任せることはない」と付け加える。「本当にその領域について、自分よりも知見を持っているのか」「本当に任せても大丈夫なのか」を見極めることが、任せる側には求められるのだ。その判断の方法について、西條氏からこんな質問が飛んだ。

西條日本でも多くのメンバーをマネジメントし、誰に任せられるか否かの判断を下していたと思いますが、日本とアメリカで判断の軸は一緒だったのでしょうか。

出木場全く一緒ですね。大切なことは「経営目線で発言できること」。いくら専門的な知識があったとしても、ある部門のリーダーとしての発言しか出来ない人には、すべての判断を任せるわけにはいかないと思っています。

たとえば、ファイナンス部門のリーダーと話をしているとしましょう。「今期の利益率を20%にするために、このコストを削りましょう。25%にするために、ここは削減できます」と言ったとしたら、僕はその人に重要な判断を任せません。

会社として社会に提供する価値を最大化するために、コストをかけるわけですよね。「利益率を何%にするために」なんて考え方は、「顧客やユーザーに提供するバリューの最大化」という目的を果たす上では何の意味もない。ただの数字あそび、といっても過言ではありません。

もちろん、そういった考え方が短期的に重要である場面もありますし、適切に使い分ければいいと思うのですが、そうした発言しかできない人材に経営に関わる判断を任せるわけにはいきません。そういった日々の会話などから、「誰に、どのレイヤーの意思決定を任せるか否か」を常に判断していることが多いですね。

Indeedの売上高は、2017年度に2,000億円を超えた。買収当時の売上高は約60~70億円。5年で約3000%の成長を遂げたことになる。

西條買収後、どのような瞬間にグロースのきっかけを感じましたか?「この会社いけるぞ!」と思ったのはどんなときだったのか教えてください。

この西條氏の問いに対する答えが、出木場氏の視座の高さを如実に表していた。

出木場まだグロースしたとも、「この会社いけるぞ」とも思っていないんですよね。

西條まだですか?

出木場世界の人口は80億人ですよね。現在の『Indeed』の月間ユーザー数は、2億5,000万人しかいないんです。全然まだまだじゃないですか。Indeedが目指しているのは、「すべての人が1秒で仕事に就ける世界をつくること」。

ユーザー数もまだまだ少ないですし、検索して応募するというプロセスは無くせていませんし、掲げている目標から見れば、今の状況は「やっとスタートを切った」程度だと思っています。

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経営者の仕事は
「ゲームのルールをシンプルに表現すること」だ

現在、出木場氏は2013年から務めていたIndeedのCEO職を降り、リクルートHDのCEOとIndeedの取締役を兼務し、現任のCEOをサポートする役割を担っているそうだ。経営チームに送っているアドバイスは、すべてのスタートアップ経営に通ずるエッセンスが含まれている。

出木場とにかく「シンプルにしろ」ということだけを言い続けています。Indeedの社員は1万人を超えましたし、複雑な問題も起こるのですが、常に「なぜ私たちはここにいて、どんなゲームをしているのか」をメンバーに伝え続けることが大事だと。

たとえば、サッカーの全国大会の試合で、残り時間があと10分で1点負けているとしますよね。そのときプレイヤーは何を考えるかというと「うちのチームで最も点を取る可能性が高いのは誰で、そいつにいかにパスをつなぐか」ということですし、得点する可能性が高いプレイヤーに必死にパスを繋ごうとするはず。

しかし、試合の残り時間やスコアが分からなくなると、つまり、いま戦っているゲームがどんな状況なのかを見失ってしまうと「あの人は10回パスをもらっているのに、私は3回しかパスをもらっていないんですが」と言い出す人が出てくる。

なぜ戦っているかと言えば試合に勝つためですし、サッカーには相手チームよりたくさん点数を決めた方が勝ちというルールがある。プレイヤーが戦う理由やルールを見失った瞬間、「俺にはパスが来てない。不公平だ」「私が活躍できていない」と言い出すわけですよ。だから、経営陣は「なぜ私たちはここにいて、どんなゲームをしているのか」を常にシンプルに伝え続ける必要があるのだと思っています。

西條どんな規模のビジネスにも通じる、大切な考え方ですね。昨今社会で取り沙汰されている、「全員に平等に機会を与えるシステム」や「公平さを保つためにはどうすべきか」といったことを考えるのは大切なことです。しかし、そうした考えに囚われるあまり、物事を複雑化しすぎて、ビジネス本来の目的やルールを見失ってしまう失敗パターンは歴史上多くありますからね。

出木場そもそも、不公平はどうしたって生じてしまうんです。ビジネス本来の目的を果たすためには、全員が不公平や不平等を受けいれなければならない局面もありますよ。スタートアップの立ち上げ直後は「目的を果たすために、時には多少の理不尽は受け入れなければならない」といったメンタリティを、すべてのメンバーが持っていたはずなんですよね。

そのメンタリティを全員が持ち続けることが重要だと思いますし、そうしなければ会社は前に進めないんだということを言い続けなければならないと考えています。

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「1秒で仕事に就ける世界とは、どんな世界か?」
イノベーションを起こす起業家は、サービスが生み出す世界の「におい」や「感触」まで語り尽くせる

イベントも終盤。最後のトークテーマは「日本のスタートアップがグローバル市場で戦うには」。Indeedを60ヶ国以上で利用されるサービスに成長させた出木場氏は、どのような経営哲学を持っているのだろうか。

出木場やることを減らす。それが経営者として常に大切にしていることです。5年から10年間は、1つのことに絞ってそれをやりきる。IndeedのCEOとしては、ずっと「すべての人が1秒で仕事に就ける世界をつくる」ことだけを考えていました。

僕は投資する側として、グローバルにサービスを展開している企業の経営陣と会うことも多いのですが、「あれもこれもできる」という企業は、結局「何もできない」といっているのと同じだと感じることが多くて。

国境を超えるのは、「これしかできないけど、これだけはどこにも負けない」武器を持った企業なのだという。ある国の中で薄く広くマーケットを取るのであれば、いろんな事業に手を出すといったやり方もあるが「グローバルで突き抜けるためには、1つのことをやり抜く必要がある」と強調する。

出木場たまにスタートアップの経営者と話をしていると「こんな事業をやっていて、次はこんなことをやろうと思っている」と言う人がいます。「なんで?」と聞くと「最初の事業がうまくいかなくても、他の事業が育てば会社が潰れないから」と。そんな話を聞くと「なんのために会社をやっているんだろう」と思うんですよね。「こんな世界をつくりたい」という意志を持って最初の事業を始めたはずなのに、その事業がうまくいかなかったら他のことをやるのって、意味あるのかなと。それこそ、「なぜここにいるのか」を見失っているのではないかと思ってしまう。

IndeedのCEOを務めているとき「これやらないんですか?」「次はこういうソフトウェア作らないんですか?」といったことを言われることが多かったのですが、他のことをやる意味が僕には分からなかった。まだ月間2億5,000万人にしか使ってもらえていないし、1秒で仕事に就ける世界にできていないのに、他のことをやるわけがないですよ。

英語圏のスタートアップは、比較的会社が小さなうちからいくつかのプロダクトを持ち、複数の収益源を持っている場合が多いのですが、Indeedは単一の収益源のみで飛躍的な成長を遂げました。Googleを擁するAlphabetだって、創業以来長きに渡って、売上の95%を検索エンジン上の広告から得ていたわけですよね。早いうちにプロダクトを複数つくらなければならない理由は無いと思っています。

国内外を問わず、そして会社の規模も問わず、数多くの経営者たちと接触してきた出木場氏は、日本の経営者にはある力が足りていないと感じているそうだ。その力とは「自らが展開するサービスがつくる世界を、イメージし尽くす力」だという。

出木場投資判断を下す際、必ず経営者に聞く質問があるんです。それは「あなたのサービスがつくるのは、どんな世界なのか」という質問。そして、経営者が語る世界について、どんどん質問を重ねていきます。

たとえば、空飛ぶ車をつくろうとしている企業があるとしますよね。経営者が「空飛ぶ車で人々の移動を自由にしたい」と。僕は「その車は駐車場では浮いているのか、それとも地面に置いてあるのか」「鍵はどんな鍵なのか。スマートフォンで開けるのか、あるいは近づくと自動で開くのか」「空に信号はあるのか」といったことをどんどん聞いていくわけです。

そういった質問を重ねていくと、その経営者が本当に細部に至るまでビジネスを考えているのかがはっきり分かるんですよね。細部までビジネスを設計できている人が語る「そのサービスがつくる世界」は、くっきりとその姿が見えてくる。反面、考え抜けていない経営者にどれだけ質問を重ねても、絵が見えて来ないんです。

特にスタートアップにおいては、リーダーがしっかりとその絵を描ききれていないと厳しいかなと思いますね。

Indeedの取締役でもある僕は「1秒で仕事に就ける世界ってどんな世界ですか」と聞かれたら、めちゃくちゃしゃべれなくてはいけない。細部まで想像しなければ、その世界は実現できませんからね。だから、いまだに毎日寝る前には「ワンクリックで仕事がゲットできるってどういうことだろう」と考えていますよ。

西條僕もベンチャーキャピタリストとして多くの経営者とお会いするので、いまのお話はとても参考になりました。そのサービスやプロダクトがつくる世界の匂いや感触までイメージしなければならないということですよね。

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いまリクルートが求めているのは、1つのことしかできなくても圧倒的No.1なプロダクト

「最後の質問」として西條氏から問いかけられたのは、リクルートHD・CEOとしての出木場氏への質問だ。

西條リクルートとしての今後の投資方針についてお伺いできればと思います。今後はどのような会社を買収、あるいは投資していきたいとお考えでしょうか。

出木場やはり極端に尖ったプロダクトを持っている会社は魅力的ですよね。汎用性のあるプロダクトをつくってしまう会社が多い中で、「この機能だけはどのプロダクトにも負けない」といった強みを持っている会社に惹かれます。

以前、とてもいいなと思ったフランスの会社があるんですよ。どんなプロダクトを作っているかと言うと、社員の個人情報を管理することに特化したプロダクト。というのも、フランスではあるときに法律が改正されて、入社した社員の個人情報を会社が50年保持しなければいけなくなり、情報管理の仕方を見直さなければならなくなったそうなんですね。そういったニーズに目をつけたサービスなのですが、最初は「社員の個人情報を管理するだけのプロダクトでどう差別化するんだろう」と思っていたのですが、実際に経営者に会い、プロダクトを触ってみると、たしかにとても良いプロダクトだった。

その会社はあるHR系の企業に買収されてしまったのですが、その買収額は350億円だったんです。ほとんど売上がないにもかかわらず、350億円の値が付いた。一連の流れを見ていて、スタートアップの経営戦略としてとても優れているなと思ったんです。

いまの例はフランスの会社でしたが、アメリカのスタートアップ経営者の中には「こんなプロダクトを、こんな風につくったら、この会社がこれくらいの金額で買収してくれるはずだ」と考えて経営している人も少なくない。

日本でこういった考え方をしている経営者はあまりいないように思うのですが、それは会社を家のように、社員を家族のように考える日本的な価値観の名残なのでしょうね。でも、買収されても会社のミッションが消えてしまうわけではありませんし、買収されることがミッションを実現するための近道になる場合だってある。創業後、すぐに買収してもらうことを前提に経営戦略を立て、プロダクトを設計する考え方もあっていいと思いますね。

西條おっしゃる通りだと思います。売却というエグジットから逆算してプロダクトを設計することが、結果的に世の中に新たな価値を生み出すことになる可能性は大いにありますからね。

そろそろお時間となりますので、本日のイベントはここまでとしたいと思います。出木場さん、貴重なお話をありがとうございました。

こちらの記事は2021年07月19日に公開しており、
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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

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