連載事業家の条件

レッドオーシャンに潜む盲点を突く。
士業・管理部門特化型エージェントを運営するヒュープロに学ぶ、ニッチトップ独占戦略

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

山本 玲奈
  • 株式会社ヒュープロ 代表取締役社長 

1993年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。2015年11月同大学在学時、ヒュープロを設立。現在、士業・管理部門の転職に特化したエージェントとして、『最速転職 HUPRO』を運営するヒュープロ代表取締役社長を務める。

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世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。

この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、イノベーションを生み出せる事業家の条件を探っていく。

今回取り上げるのは、転職エージェントビジネスに取り組む事業家だ。日本には、約2万社もの転職エージェントが存在する。巨大市場のなかで、ヒュープロは独自の存在感を発揮している。

本記事では、士業・管理部門の転職に特化したエージェントとして、『最速転職 HUPRO』(以下、HUPRO)を運営するヒュープロ代表取締役社長・山本玲奈氏にインタビューした。士業・管理部門に特化した転職サービスを立ち上げた背景と、ニッチな領域を独占するためのサービス設計のポイント、そして一時は社員が山本氏たった1人となり、会社存亡の機に陥った窮地から復活を遂げた経緯に迫る。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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巨大な転職エージェント産業に残された盲点とは?

山本氏が士業・管理部門専門の転職エージェントを立ち上げた原点は、かつて弁護士を志していた自身の体験だ。実務経験を積むために弁護士事務所でのアルバイトを探していたが、大手求人サイトには希望する情報が掲載されておらず、機会を得るまでに多くの時間を要した。

そうした負を解決するため、HUPROの原型となる、弁護士事務所や税理士事務所のアルバイトを紹介するサービスをローンチ。しかし、思うようには伸びなかった。次に進むべき方向性を模索するなかで、士業・管理部門の転職市場に潜む課題に気づく。

株式会社ヒュープロ 代表取締役社長・山本玲奈氏

山本士業・管理部門に就いている方々って、とにかく多忙なんです。そう気づいたのは、アルバイト以外の領域にも目を向けて、転職者向けのLPを作成してみたときでした。

税理士事務所に勤めるシングルマザーの方が連絡してくださったのですが、忙しすぎて面談日程すら決められなかった。ところが、試しに電話でヒアリングを行い、条件に合う事務所を紹介してみたところ、たった3週間ほどで転職が決まったんです。

山本氏によると、士業・管理部門従事者の平均残業時間は月80時間にものぼるという。転職活動のためにエージェントへ登録しても、面談の時間すらとれないケースが頻発していた。2週間以上先でないと、面談を組めないことも多いという。

「急な転職が発生することも、転職者を悩ませる原因のひとつです」と山本氏。マーケット自体は伸びているものの、事業を承継できず、閉鎖せざるを得ない事務所が増加している。経営者は事業の傍らで後継者を探すが、「後継者が見つからなければ事務所を閉じる」と告げることは従業員の不安を煽り、離職に繋がるため避けられがちだ。

それゆえ、経営者が事業承継を断念し、事務所を閉鎖する時期を決めた後に、従業員へ知らせることもある。従業員には突然の転職ニーズが生み出されるものの、多忙さゆえに転職活動が進まず、事務所の閉鎖後に空白期間が生まれてしまう場合も出てくる。

転職活動時の「情報の少なさ」も課題だ。士業・管理部門従事者は転職の際に、業界特有の情報を求める。

山本資格取得のための勉強と仕事を両立している方が多いため、一般的な業種の転職者とは、異なる情報が必要になります。「事務所にどのぐらい受験生がいるのか」「受験前には何週間休めるのか」「担当クライアント数は何社なのか」といった情報が、転職の際に重要な判断材料になるんです。

しかし、大手エージェントは、専門性の高い情報をカバーする特化型サービスを作ることに消極的。そもそも市場サイズが小さいニッチ領域は、高いROIが見込めないからだ。

そのため、士業・管理部門従事者が大手エージェントを利用しようとしても、十分な情報を得られない。そもそも扱っている案件数も少なく、十分に比較検討できないのだ。

特化型エージェントに会いに行けば、ある程度は満足する情報が得られるだろう。しかし、エージェントの多くは、面談の際にしか詳細な情報を開示しない。せっかく多忙を縫って士業・管理部門従事者が面談しても情報にアクセスしきれず、結果として転職活動が滞ってしまうのだ。

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求人メディアとエージェントの“良いところ取り”で、効率的に支援

これらの課題を解決すべく、HUPROは士業・管理部門従事者の転職を「最短12時間」で完結させる。手嶋氏はHUPROを「士業・管理部門領域の転職市場を拡大し、大きくシェアを取れる可能性を秘めた事業」と評する。HUPROはいかにして、それを実現しようとしているのだろうか。巨大な転職エージェント業界で、ユニークなポジションを占められている要因を、山本氏は「サービス設計」に見ていた。

HUPROの成長を支えているのは、既存の求人広告メディアとエージェントの“良いところ取り”なサービス設計だ。

求人広告メディアのメリットは、求職者が自ら情報を検索し、比較検討ができる点にある。

HUPROはその検索に着目。独自のアルゴリズムを用いた「自動マッチング機能」によって転職者と事務所をマッチングすることで、転職者のリサーチ工数を削減している。また、士業・管理部門従事者が求める情報を豊富に集めており、サイト上の情報を見るだけで、事務所での働き方が具体的にイメージできる。

HUPROに掲載されている求人ページ内のグラフ。事務所職員の年齢層、案件内容、資格受験にまつわる環境が具体的に把握できる。

HUPROは、転職エージェントがもたらすメリットも提供する。求人広告メディアを利用した転職では、給与などの条件を転職者自らが交渉しなければならず、多忙な士業・管理部門従事者にとっては大きな負担となる。エージェントはその交渉を代行し、転職者の負担を減らしてくれる。

一方で、HUPROはエージェントと接触しなくても、電話やオンラインで条件をすり合わせられる「カスタマーサクセス型エージェント」を備える。転職希望者は負荷を大幅に軽減できるのだ。

カスタマーサクセス型エージェントがもたらす恩恵は、条件交渉だけではない。エージェントと転職希望者とのやり取りがオンラインで完結するため、一般的にエージェント業務の多くを占める、面談に充てる時間が浮くのだ。

山本生産性が向上し、効率よく成約を生み出せています。HUPROの営業1人あたりの売上は、通常のエージェントと比べ、2.5倍から3倍なんですよ。

XTech Ventures 共同創業者兼ジェネラルパートナー・手嶋浩己氏

手嶋エージェント業なので、キャッシュフローが立ちやすく、営業利益が出やすい。会社としての次の展開につなげていくためにも、いまはこの事業にコミットするのは正解だと思いますね。

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「自分以外、全員辞めた」山本氏の未来を変えた、ひとつの言葉

山本氏は、当初より士業・管理部門を対象に事業を行っていたわけではない。

大学在学中に起業し、最初に手がけたのは翻訳事業。その後、客船内の広告を売る事業も始めた。広告事業は利益率も高く、好調な事業成長を見せる。しかし、山本氏は「事業の方向性を見失っていた」と振り返る。

山本誰のための事業なのかが見えてこず、自分の存在価値や介在価値が全く分からなくなってしまっていました。何のために起業したんだろうと、壁にぶつかった感覚でした。

起業した意味を問い直すなかで、弁護士を目指していた学生時代の経験を思い出した。そこから士業・管理部門従事者を対象としたサービスづくりがはじまり、HUPROは誕生した。

しかし、大胆なピボットは、山本氏にHARD THINGSをもたらすことになる。

当時在籍していたメンバーは、士業・管理部門を目指していた経験もなかった。山本氏自身も含め、Webサービスを立ち上げた経験を持つメンバーもおらず、適切にディレクションできなかった。その結果、全員が退職。山本氏は、ひとりになってしまった。

山本とてもみじめな気持ちになりました。資金調達したあとだったので、人もたくさん採用して、当時入居していたシェアオフィス内でも「ヒュープロさん成長してるね」と言われていたのに。恥ずかしくて、オフィスへ行けなくなってしまいました。どうしたらいいんだろうと、途方に暮れていましたね。

事業を畳むことも考えた山本氏。再起を遂げるきっかけとなったのは、ある人物から受けた言葉だった。

山本氏を救う言葉をかけた人物とは、レシピ動画投稿サービス『クラシル』を提供するdelyで執行役員を務める柴田快氏だ。delyが苦境に置かれていた時期に入社した柴田氏のインタビュー記事をたまたま読んだ山本氏は、ジョインの理由を聞いてみたくてアポイントメントを取った。そこで柴田氏にかけられた言葉が、山本氏の未来を大きく変えることになる。

山本「社長の夢はなんですか?」と聞かれたのですが、答えられなかったんです。すると、「夢を語れないなら、社長失格です。辞めた方がいい」と言われてしまいました。「人は、夢で動く。僕もdelyの創業者である堀江が語る夢に動かされたんです」と。

衝撃を受けましたね。自分は、社長の務めをまったく果たせていなかったんです。その言葉を持ち帰り、自分の夢や、起業をした理由に1ヶ月ほど向き合いました。

ヒュープロには、創業期から業務委託として営業に携わってくれているメンバーがいた。働きぶりを評価していた山本氏は、再三にわたり入社の打診を行っていたが、承諾には至っていなかった。柴田氏の言葉を受けて自らの夢を言語化した山本氏は、そのメンバーに対し、初めて「士業・管理部門従事者がより活躍できる社会を実現し、日本の成長を後押したい」とプレゼンテーションを実施。すると、事態は好転した。

山本夢を語った翌日、入社意向を伝えられました。嬉しかったと同時に、とても驚きましたね。入社を決めてくれた理由を聞いたら、「昨日語っていただいた夢に、僕も乗っかりたいと思ったんです」と。

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高利益体質が、組織の一体感を強める

ヒュープロが目指すのは「日本一の経営管理プラットフォーム」だ。

山本蓄積されたデータベースを活用し、経営管理を対象としたサービスの提供を考えています。弁護士事務所や税理士事務所に勤務する方はもちろん、企業の管理部門に所属する4人に1人に利用してもらえるサービスにしたい。経営管理から、日本の経済を支えていきたいんです。

手嶋氏は「その目標を達成できるポテンシャルは十分にある」と評価する。なぜなら、ヒュープロの組織には、節々で「大きな一体感」が見られるからだ。

たとえば、ビジョンやミッションについてチームでディスカッションする「ソウルトーク」という時間を設けている。

山本事業や組織について、ひたすら腹を割って議論を行うんです。

手嶋何度かヒュープロの飲み会にお邪魔させてもらったことがあるのですが、性格のいい人たちが集まっている印象で、とても雰囲気がいい。そこがヒュープロの組織としての強さなんです。

一体感をさらに強めていくためにも、手嶋氏は「ヒュープロの強みである営業利益を出していけるビジネスモデルを、採用においても活かすべきだ」とアドバイス。営業利益を生みやすい事業だからこそ、短期的な成果を追いすぎず、人材をじっくり育成できる。「頭は切れるが、カルチャーフィットしない即戦力人材」を採用するのではなく、素直で伸びしろのある人材を採用し、組織の一体感を保つことをアドバイスしていた。

ヒュープロの軌跡からは、経営者に求められる最も大切な素養が浮かび上がる。自らの夢を、堂々と語り続けることだ。その夢に魅せられたメンバーと共に走り続ける山本氏と、ヒュープロの今後に期待したい。

こちらの記事は2020年02月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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